「翁オウ」

白川静『常用字解』
「形声。音符は公。公に瓮オウ(かめ)の音がある。翁は鳥の頸の毛をいう。その毛が老人の長髪に似ているので、長髪の老人を翁という」

[考察]
白川漢字学説は形声の説明原理をもたないのが特徴である。公にオウの音があるというが、何を言いたいのかよく分からない。瓮(かめ)と翁の関係も分からない。
形声の説明ができないのは言葉という視点がないからである。言葉の視点、要するに語源を導入すれば、公と翁の関係ばかりでなく、瓮も一挙に理解できる。

翁は『山海経』に「黒文にして赤翁」([その鳥の姿は]黒い模様があり、頭の毛は赤色だ)という用例があり、鳥の頭の毛という意味で使われている(注)。この言葉を・uŋ(呉音はウ、漢音はヲウ)といい、翁がその図形表記(視覚記号)である。
(注)後頭部にかけて長く伸びて分かれた毛のある鳥に次のようなものがある(『中国鳥類図鑑』から)
 蒼鷺 Ardea cinerea
 夜鷺 Nycticorax nycticorax
 双辮八色鶇 Pitta phayrei

なぜこのような図形が考案されたのか。ある種類の鳥の頭の毛は長く伸びて↲↳の形に分かれた姿を呈する。この形態的特徴は「両側に分かれる」というイメージで抽象化できる。これが語のコアイメージである。「両側に分かれる」というイメージをもつ記号として「公」が選ばれた。「公」はそんなイメージがあるだろうか。公は公開の公で、プライベートに対してパブリックということ、「おおやけ」の意味である。プライベートは漢語の意味論においては、囲い込んで人に見せない状態、自分の物だとして他人を排除する状態というイメージから発想され、「私」と図形化された。「厶」は囲い込む符号である。これに対して、囲い込んだものを開いて人に見せる状態というイメージから発想したのが「公」である(526「公」を見よ)。「八」は両側に分け開く符号である。かくて「公」は「両側に分かれる」とイメージを表す記号となりうる。
かくて鳥の頭の毛を意味する・uŋの視覚記号として、「公(音・イメージ記号)+羽(限定符号)」を合わせた「翁」が考案された。

次になぜ「翁」が「おきな」の意味に転じたのか。これは言葉の転義現象である。漢語の意味論においては、転義はコアイメージを原動力とする場合が多いが、他の言語と同じように比喩法(メタファー)による場合もある。鳥の頭の毛は後頭部にかけて長く伸びている。この形態的特徴に着目して、髪が長く伸びた老人の姿に見立てることができる。現代では長髪は若者のほうが多いが、古代では男の老人に普通であったと考えられる。だから男の老人(おきな)という意味が生じたわけだ。