「億」

白川静『常用字解』
「形声。音符は意。音は祈って神意を問うのに答えて、神がかすかな音を立てて神意を示すことをいう。音とは神のお告げである。その音がなにを意味するかを推測し、神意をおしはかり、考えることを意という。古くは意を億・憶(おもう、はかる)の意味に用いた。億はもとの“おもう、はかる”という意味から移り変わって、数の名に使うようになった」

[考察]
上の記述を簡単にまとめると、音(神のお告げ、神意)→意(神意をおしはかる)→億(おもう、はかる)と字が発展したということであろう。
「音」が「祈って神意を問うのに答えて、かすかな音を立てて神意を示す」の意味というのは理解を絶する。さらに「意」は「その音が何を意味するかをおしはかり考える」の意味というのも理解し難い。これらは字形から引き出された意味であろう。言葉の意味とはとうてい思えない。図形の解釈と言葉の意味が同一視され、混然としている。

意味とはいったい何なのか。言葉の意味以外にありようもない。文字は言葉の表記である。言葉と文字を切り離すことはできない。言葉は音声的要素と意味的要素から成り立っており、言葉の意味的要素が意味そのものである。字形に意味があるのではなく、言葉の一要素として意味はあるのである。言葉を抜きにして意味を云々することは不合理である。言語学から外れている。

さて、「億」は「思いはかる」の意味で使われている用例もあるが(②の場合)、非常に古い時期に既に数の名に使われている(①の場合)。 
①原文:不稼不穡 胡取禾三百億兮
 訓読:稼せず穡せずんば 胡(なん)ぞ禾三百億を取らんや
 翻訳:作付けをしなけりゃ 三百億本の稲も取れないぞ――『詩経』魏風・伐檀
②原文:賜不受命、而貨殖焉、億則屢中。
 訓読:賜は命を受けずして貨殖す、億(おもんぱか)れば則ち屢(しばし)ば中(あた)る。
 翻訳:賜[子貢]は命令されてもいないのに商売(投機)をし、予想がよく当たる――『論語』先進

①は数の名である。億の最初の意味は数の名であるが、ただし自然数ではない。自然数を数えるのに用いる単位名である。古代では漢数詞は十進法で、1から数えて9まで来ると、次は新しい単位に移る。算用数字では10と書くが、漢数詞体系ではゼロの概念がない。そのため新しい単位を示す語が必要になる。ここで最初の単位名の十が生まれ、一十と書き、・iet-dhiəpと読む。以下二十、三十・・・九十と来て、次にまた単位名が必要になり、百が生まれ、一百、二百・・・九百となる。次に千、その次に万、その次に億という単位名が創造された。十進法だから億は現在の100000(十万)に当たる。上の用例の三百億は300×100000=30000000(三千万)ということになる。なお一十、一百などの一は省略できるので、事実上は十、百などの単位名が自然数の名(数詞)を兼ねることもある。

「億」はどうして数を数える単位名として創作されたのか。ここから語源と字源の話になる。万以後の単位名の名づけ方は「大きな数」という漠然としたもので、言葉と数の関係に必然性はない。萬(万)はサソリの象形文字で、卵胎生で無数の子を生むサソリを象徴化して大きな数に命名した。次の億も「無数」「大きい」というイメージからの命名法である。
億の篆文は「𢡃+人」になっており、隷書からは「意+人」に変わった。𢡃は「𠶷+心」からできている。𠶷は「言」の間に「中」を入れた形で、言葉が口の中にこもる様子を暗示させる。この記号をヨクと読み、これを音・イメージ記号として「心」を添えたのがAである。心の中に思いがこもる状況を暗示させる。𢡃は「中にいっぱいこもる」というイメージを表すことができる(𢡃もヨクと読む)。「意」も「ふさがれて中にこもる」というイメージがあるので、𢡃が「意」に代わって「億」になった。
このように𢡃も「意」も中にいっぱいこもる(満ちる)というイメージがあるので、数え切れないほどいっぱいの(無数)の数という意匠に仕立てて、「𢡃(音・イメージ記号)または意(音・イメージ記号)+人(限定符号)」を合わせた億が造形された。人の限定符号は数える行為が人間に関わると見たものであって、人の数が一億というわけではない。
「胸の中にいっぱいこもる」というコアイメージから、あれこれと思いはかる(おもんぱかる)という②の意味を派生する。