「乙」

白川静『常用字解』
「象形。獣の骨の形。これを骨べらとして使用した。のち、乙は十干の甲に次ぐものとして用い、“きのと” をいう」

[考察]
骨べらから、なぜ十干の「きのと」の意味になるのか不明。おそらく仮借というのであろう。仮借とはaの意味を表す形がないときに、bの意味を表すBという字の形を借りてaの形として借用するという方法である。例えば十干のオツを表すのにふさわしい形がないので、獣の骨を表す「乙」という字形を借用する。しかし仮借説は矛盾がある。「乙」は最初から十干のために考案された図形であって、ほかから借りたわけではないからである。要はなぜ「乙」が考案されたのかの説明がつかないだけである。説明がつけば仮借という必要はない。
「乙」を獣の骨と解釈しては十干を説明するのが難しい。 

まず十干とはどういうものかを理解する必要がある。 十干と十二支は時間(主として日にち)の順位を数える記号である。だから一種の序数詞である。十干は十箇の記号で、数え終わると元に戻る。だから十進法とも言える。しかし十一番目以後はないから、循環的序数詞である。問題は順位を表す各記号がなぜその順位を表すかということである。この問題は未解決であるが、古人の語源説では植物の生長段階によって順位を決めたと見ている。おそらくこの説が妥当と考えられる。植物の生長は時間と密接な関わりがあるから、植物の生長段階を象徴化して記号を作ったということは十分あり得る。

ではなぜ十干 の第二位を・iĕtと呼び、これを「乙」と図形化したのか。「乙」の字源については諸説紛々で定説はないが、『説文解字』に「春、草木冤曲して出づ」、あるいは『白虎通義』に「物蕃屈して節有り、出でんと欲す」などの解釈が分かりやすい。古人は「乙」は植物が曲がりつつ出かかる図形と見ている。筆者は象形ではなく、象徴的符号という用語を導入する。「何かが延びようとするが押さえられて曲がり、それ以上伸び切らない状態」を示す象徴的符号と解釈する。植物が殻に閉じこもっている状態から発想して第一位をkăpと呼び、甲と図形化した。その後に植物の芽が出かかるが、押さえられて曲がって十分に伸びない状態を捉えて、第二位を・iĕtと呼び、「乙」と表記した。古人の語源説では乙は軋と同源とされている。そうすると「押さえつける」「つかえて曲がる」が・iĕtという語のコアイメージであると言える。
甲→乙という順位が決まった。次に丙、丁・・・癸までの順位が植物の生長と関連づけて定まる。