「温」
正字(旧字体)は「溫」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は𥁕。𥁕は皿の上の器の中で、ものが温められて熱気がみちている形で、器の中の物が熱気で動いていることを示す。それで“あたたか、あたたかい” の意味となる」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴である。言葉という視点がないから、形声の字も会意的に解釈する。𥁕(器の中で物が温められている)+水→あたたかいと意味を導く。

漢字を見る目は形→意味という方向ではなく、意味→形の方向に説くべきである。漢字は古典漢語を表記する文字だから、語から先に見ないと成り立ちや意味にずれが生じる。上の字解はたまたま意味が合っているが、白川漢字学説の方法(形から意味を求める)では、ずれた意味、あり得ない意味が導かれることが多い。意味は言葉の意味であって、字形にあるのではない。

意味から形へという軸から「溫」の成立を考える。それにはまず溫の用例を古典で見てみる。
①原文:凡爲人之禮、冬溫而夏清。
 訓読:そ人為(た)るの礼、冬は温にして夏は清(すず)し。
 翻訳:親に対する人としての礼儀は、冬はあたたかくし、夏は涼しくしてあげることだ――『礼記』曲礼
②原文:其心塞淵 終溫且惠
 訓読:其の心塞淵 終に温にして且つ恵なり
 翻訳:[あの娘は]心ばえは奥ゆかしく あたたかい上に優しかった――『詩経』邶風・燕燕

①は気温や温度があたたかい、②は性格があたたかいという意味で使われている。『詩経』(BC11世紀頃)は最古の古典の一つ。ここで既に溫の比喩的な用法が現れている。字形が水の限定符号になっているので、①が先であろうと考えるのが普通だが、②が先であった可能性もある。物理的イメージと心理的イメージは可逆的(相互転化可能)なもので、どちらが先かは断定はできない。
ともかく「あたたかい」を意味する・uənという古典漢語があり、これを視覚記号化したのが溫である。これは「𥁕(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析できる。𥁕は「囚(イメージ記号)+皿(限定符号)」と解析できる。囚は人を囲いの中に入れた図形で、具体は捨象して「枠の中に入れる」「中に押し込める」という抽象的なイメージを示す記号になりうる。これに限定符号の皿を添えると再び具体的場面に戻され、食器に蓋をして中に物を押し込める情景を暗示させる。しかしこれも具体を捨象して「中に押し込める」「中に物を押し込めて逃がさない」というイメージを示すことができる。かくて溫は水をあたためると熱気が中にこもるという状況を暗示させる。この図形的意匠によって、「あたたかい」を意味する・uənの表記とした。これは物理的イメージだが、心理的イメージにも転用できる。