「穏」
正字(旧字体)は「穩」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は㥯イン。A(イン)は呪具である工の上下に手を加えた形で、工形の呪器で神を隠すの意味である。その神を隠すときのつつしみうれえる心情を㥯という。字が禾に従うのは、農作業の“おだやか”なことを祈るという意味であろう」
A=[爫+エ+ヨ](㥯の心を省いた部分)。

[考察]
疑問点が三つ。①「工形の呪器で神を隠す」とはどういうことか。なぜ神を隠すのか。「神を隠す」という行為そのものが分からない。②「神を隠す時の慎み憂える心情」とは何のことか。誰の心情か。③「神を隠す時の慎み憂える心情」と「農作業のおだやかなことを祈る」という意味に何の関係があるのか。
意味の取り方が朦朧としている。形から意味を求めるのは白川漢字学説の特徴である。だいたい穩という字の出現は非常に遅い(六朝以後)。この字を呪術・宗教の内容で説くのは適切ではない。

穩の用例を見てみる。『晋書』に次の用例がある。
 原文:負重致遠、安而穩也。
 訓読:重きを負ひ遠きに致し、安にして穏なり。
 翻訳:[牛は]重いものを負い、遠くまで運んでも、落ち着いて安定している。

穩は安らかに落ち着いている(おだやか)という意味で使われている。この語の表記に穩が考案された。穩は「㥯(音・イメージ記号)+禾(限定符号)」と解析する。㥯は隱の基幹記号で、「中に隠して外に出さない」というコアイメージをもつ(44「隠」を見よ)。落ち着いて安定した状態を表象するために、外に出さないで中にひっそりと隠しておくという情景を設定したのが穩である。つまり生活の基盤である作物を倉などにしまい込んで安心する状況を穩で暗示させたと言える。