「化」

白川静『常用字解』
「会意。 匕は人を逆さまにした形で、死者の形。頭と足が逆になった匕(死者)が背中合わせに横たわっている形が化で、人が死ぬことをいう。化は生気を失って変化すること、すべてのものは変化しながら死と生をくりかえしていくので、変化することをいう」

[考察]
いろいろ疑問点がある。①人を逆さまにした形がなぜ死者の意味になるのか。②死者が背中合わせに横たわるとは何のことか。③頭と足を逆にして背中合わせに横たわることからなぜ「人が死ぬ」の意味になるのか。
白川漢字学説は形から意味を求める方法である。単純に匕を死者と見、そこから化を「人が死ぬ」だとすれば十分なのに、「頭と足が逆になった死者が背中合わせに横たわる」という余計な説明を入れている。図形的解釈と意味を混同している。
形から意味を導く方法自体が誤りである。なぜかというと意味は形にあるのではなく、言葉にあるからである。白川漢字学説は言葉という視座が全くない。だから形から意味を求めようとする。そのために字形を「頭と足が逆になった死者が背中合わせに横たわっている」と解釈し、そこから「人が死ぬ」 という意味を導く。全く迂遠というほかはない。

漢字の説明を形→意味ではなく、意味→形の方向に逆転させる必要がある。まず言葉の使い方から出発すべきである。化は古典で次のように使われている。
 原文:北冥有魚、其名爲鯤(・・・)化而爲鳥、其名爲鵬。
 訓読:北冥に魚有り、其の名を鯤と為す(・・・)化して鳥と為る、其の名を鵬と為す。
 翻訳:北海に魚がおり、名を鯤という。(・・・)それが鳥に姿を変え、その名を鵬という――『荘子』逍遥遊

この文脈から分かるように、Aが姿や性質を変えてBになる(変える)という意味の言葉をhuărといい、それを表記する視覚記号が化である。化はどんな意匠をもつ図形か。ここから字源の話になる。
人は正常に立つ人の形、匕はひっくり返った人の形である。漢字の造形法に動画的手法の見られるものがある。漢字は固定した静止画形であるが、それに動きを与える場合がある。例えば危険の危は「ひざまずいた人+厂(がけ)+しゃがんだ人」の三つの符号を合わせた図形であるが、上の人が崖から下に落ちてうずくまるという動きを読み取らせる仕組みになっている。同じように、正常に立つ人がひっくりかえった状態になるというふうに動きを読み取らせる。このような仕掛けによって、「AがBに姿を変える」というイメージを暗示させることができる。これが「化」という図形の意匠である。
化には「死ぬ」という意味もないではないが、転義の一つであって、特殊な文脈にしか現れない。