「加」

白川静『常用字解』
「会意。力(耒の形)にᄇ(祝詞を入れる器)をそえている形で、すきを祓い清める儀礼をいう。すきやくわなどの農具は、神に祈り、よく祓い清めてから使用しないと、秋に虫が発生して作物を食べると考えられた。それで農具にお祓いを“くわえる” 儀礼をし、収穫量の増加することを祈ったのである。“くわえる、ます”の意味に用いる」

[考察]
いろいろな疑問点がある。①力(すき)に口(器)を添えた形から、鋤を祓い清める意味になるのか。なぜ鋤を祓浄するのか。鋤は不浄なものか。②祝詞は口で唱える行為なのになぜ器に入れる必要があるのか。③農具を祓い清めないことと、作物が虫に食われることの間に、必然的な関係があるのか。④農具に祓いを加える儀礼から「加える」の意味が出たというのは奇妙。むしろ収穫量が増加するから「加える」の意味になったというべきではないか。
農具を祓い清める→作物が虫に食われない→収穫量が増えるという意味転化の説明は甚だ迂遠である。いったいこれは言葉の意味の説明だろうか。形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。言葉という視点がないから、図形の解釈がそのまま意味となる。つまり図形的解釈と意味が混同される。これが白川漢字学説の特徴である。

形→意味ではなく、意味→形の方向に見る必要がある。「加」はどんな意味で使われているのか、具体的文脈を探るのが先決である。最古の用例は次の通り。
 原文:弋言加之 與子宜之
 訓読:弋ヨクして言(ここ)に之を加へ 子シと之を宜(うま)しとせん
 翻訳:鳥を射止めたらお膳に供へ お前と一緒に味わおう――『詩経』鄭風・女曰鶏鳴

この文脈では「上に乗せる」という意味で使われている。これはkăr(推定)という語のコアイメージがそのまま文脈上に現れたもの。普通は、ある物(A)の上に別の物(B)をくわえる(プラスする、増し加える)という意味、また、Aが力を他(B)に重ねて及ぼす(相手を圧迫する、凌ぐ)という意味で使われる。「Aの上にBを乗せる」というコアイメージからこれらの意味が展開する。このイメージを具体的な場面を設定することによって図形化したのが「加」である。これは「力+口」と分析できる。力も口も文字通りである(鋤でも器でもない)。非常に舌足らず(情報不足)な図形だが、力(腕の力)の上に口(言葉)をプラスして、相手に圧力をかける状況を暗示させるようとした。この意匠を作ることによって、「Aの上にBを乗せる」というイメージを表現するのである。