「渦」

白川静『常用字解』
「形声。音符は咼。咼は冎(人の上半身の残骨)にㅂ(祝詞を入れる器)をそえて、禍を祓うことを祈るの意味となる。上半身の骨はまるくくぼんでいて、渦巻きの形が連想されるので、渦巻く水を渦という」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法であるが、肝心の字形の解釈に疑問がある。①なぜ人の上半身の残骨なのか。上半身の残骨とは何なのか。足の部分を欠いた骸骨か。これに祝詞を入れる器をそえるとは何のことか。骸骨の側に器を置くのか。②その行為がなぜ禍を祓うことになるのか。「祈る」のは口で祝詞を唱えるのではないのか。なぜ祝詞を書いて器に入れるのか。③「禍を祓うことを祈る」の意味と渦はどんな関係があるのか。④上半身の骨がくぼんでいるとはどういうことか。くぼんだ形が渦巻きを連想させて「渦巻く水」の意味が出るとは奇怪である。
渦という字の出現は六朝以後である。禍と同じレベルで甲骨文字を対象とするような宗教的な解釈をしている。時代錯語であろう。
形から意味を導くという方法自体が根本的な間違いである。意味は言葉の意味であって、形にあるわけではないからである。

「冎」は骨の上の部分。これに「口」(穴の形)を加えたのが咼である。これは関節を暗示させる図形である。ただし関節という意味ではなく、関節の形態や機能にポイントがある。古人は、関節は骨と骨のつなぎ目で、上の骨の穴に下の骨が入ってつながり、自由な動きの機能が生まれると考えたらしい。だから咼は「丸い穴」「丸く回る」というイメージを表す記号となって、咼のグループ(過・禍・鍋・堝・窩・萵・蝸)を形成する。
渦は「咼(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。くるくる回る水というのが図形的意匠で、これによって「うず」を暗示させる。