「嫁」

白川静『常用字解』
「形声。音符は家。家はもと祖先を祭る廟であったから、嫁とはその廟に仕える女をいう。とついできた新妻は夫の家の人として認めてもらうために、廟にお参りし、廟に仕えたのである。それで“よめ、とつぐ”の意味に用いるが、賈と通じて“なすりつける”の意味にも用いる」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。家(廟)+女(おんな)→廟に仕える女の意味とする。
問題点が三つある。①嫁に「廟に仕える女」という意味があるのか。②「よめ」という意味があるのか。③「賈に通じて“なすりつける”の意味」になったのか。
『漢語大字典』にも『漢語大詞典』にも①②の意味は見当たらない。『説文解字』にも「女、人に適(ゆ)くなり」とあり、「とつぐ」が最初の意味である。最古の古典の一つである『詩経』には次の用例がある。
 原文:來嫁于周 曰嬪于京
 訓読:来りて周に嫁し 曰(ここ)に京に嬪す
 翻訳:[仲任は]周の国にお輿入れ 周の都に嫁に来た――『詩経』大雅・大明

嫁は「とつぐ」の意味で使われている。
意味とは字形にあるのではなく、言葉(古典漢語)にある。意味はコンテキストがあって初めて分かる。コンテキストがなければ意味を捉えようがない。「廟に仕える女」はありえない意味である。これは家を「廟」と解釈することから来たもので、図形の解釈と意味を混同している。

言葉という視点がないのが白川漢字学説の特徴である。だから形声文字を説明できない。そのため会意的にA+B=Cという具合にストレートに意味を導く。これは誤った方法というしかない。
形声の原理とは語の深層構造を捉えるものである。深層構造の根底にあるイメージ、すなわちコアイメージを把握して造語・造形の仕方を解明する方法である。女性がとつぐことを古典漢語ではkăgという。これは家(kăg) と同音であり、したがって同源と意識された。音もコアイメージも共通である。かくて「家(音・イメージ記号)+女(限定符号)」を合わせて嫁という視覚記号が生まれた。
では家と嫁はどんなコアイメージで貫かれているのか。家は「上から覆いをかぶせる」がコアイメージである(122「家」を見よ)。もっと抽象化すると「(上から)かぶせる、かぶさる」のイメージである。女性の結婚を「かぶさる」のイメージで捉えたのがkăgという語である。つまりAという姓(女性側)がBという姓(男性側)にかぶさって結ばれると考えたわけである。これが家と嫁の同源たる所以である。
嫁に「よめ」の意味はない。「よめ」 に使うのは日本的展開である。
転義現象はメタファーなどのレトリックによることが多いが、コアイメージにも基づいて転義が起こる。これは漢語意味論の特徴の一つである。「かぶせる」というイメージは具体的なものをかぶせる(家の場合は屋根、嫁の場合は姓)を想定できるが、抽象的なものでもかまわない。罪や責任という自分に都合の悪いものごとを他人にかぶせるという事態も想定できる。これが責任転嫁の嫁の使い方である。