「寡」

白川静『常用字解』
「会意。宀と頁と人とを組み合わせた形。宀は祖先を祭る廟。寡は葬儀のときの礼装として頭に喪章をまとった人が、廟の中で神霊を仰いで嘆いている姿を横から見た形である。寡とは“未亡人、やもめ” をいう」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。「宀」「頁」「人」というわずかな情報から多くの言葉を費やして、未亡人の意味を導く。しかし図形から未亡人の意味を導く必然性がない。図形には性別の指標は含まれていない。

意味は形にあるのではなく言葉にある。古典における寡の用法を調べるのが先である。
①原文:哀我塡寡
 訓読:我が塡寡テンカを哀れむ
 翻訳:疲れ切ったひとり者が気の毒だ――『詩経』小雅・小宛
 ②原文:有國有家者、不患寡而患不均。
 訓読:国を有し家を有する者は、寡きを患へず均しからざるを患ふ。
 翻訳:国家をたもつ者は人口の少ないのは憂えないが不均衡を憂える――『論語』季氏

①は独り者の意味、②は数が少ないの意味で使われている。『詩経』では鰥寡カンカや寡婦という熟語もあり、独り者を区別する場合、男女で分け、男の独り者を鰥、女の独り者を寡とする。独り者の意味から②の「数が少ない」の意味を派生するのは自然な転義である。白川は「未亡人は幸いが少ない人であるから、すくないの意味になる」と述べているが、意味論的におかしい。
①から②への意味転化に対応して字体が変わった。これは字源の問題である。①の段階では「宀(屋根)+頁(人の形)」を合わせて、屋根の下に一人の人が居る情景を作り出した。この意匠によって独り者を意味する古典漢語kuăgを表記した。②の段階では「数が少ない」の意味に転じたので、「宀(屋根)+頁(人の形)+分(分ける、分散する)」を合わせた寡に字体を変えた。分は一つのものを二つに分けることから、分散する、小さく分けるというイメージが生まれる。分数の分や小数の漢字に使われるのもこのイメージである。数が小さくなるから、数が少ないというイメージも生まれる。したがって「寡の原字+分(イメージ補助記号)」を合わせた寡は「数が少ない」ことを表しうる。