「課」

白川静『常用字解』
「形声。音符は果。果は果物をいう。果の音の字には、夥(おおい)・窠(巣穴)・顆(粒)など、ある部分に物が密集し、しかも区分があるという状態を示す字が多い。果物にはみかんのようにそのような形をもつものが多いからである。それで課とは一つひとつの項目に分かれているものの意味、その一つひとつの部分を責任をもって引き受けるの意味となり、またその部分に責任をもたせるの意味となる」

[考察]
果物の形から課の意味を導く。果物特にみかんは「ある部分に物が密集し、しかも区分があるという状態」だという。みかんの袋を念頭に置くのであろう。みかんは袋に分かれており、それは密集し、区分がある。みかんの状態から、課の意味は「一つひとつの項目に分かれているものの意味」とする。ここまでは分からないでもないが、その意味から「一つひとつの部分に責任をもって引き受ける」という意味になるのに必然性があるだろうか。これが疑問である。振り返って見ると、果物はたくさんの種類がある。なぜ「みかん」に限定できるのか。林檎や梨や柿などは「ある部分が密集し、しかも区分がある状態」とはとうてい言えないだろう。要するに果物をみかんに限定し、課の意味を導くのは特殊化であり、一般的とは言えない。つまり意味の展開に必然性がない。

課は果から派生した語であることは間違いないだろう。果は「くだもの」の意味であるが、果実は種子から変化発展したものなので、「ある原因から生み出される最終的なできばえ」という意味が生まれる(成果、結果の果)。ここから更に展開して、できばえ(成果)が期待できるかどうかを試すという意味が生まれる。これを果(kuar)と似た音でk'uarといい、「果(音・イメージ記号)+言(限定符号)」を合わせた「課」で表記するのである。
戦国時代の『楚辞』天問という詩篇に、「何ぞ課せずして之を行(や)る」([帝は]なぜ成果が上がるかを試さないで彼[鯀]を[治水に]行かせたのか)という用例がある。
このように成果が期待できるかどうかを試験するというのが最初の意味である。ここから、成果を期待して人に割り当てるという意味(課題の課)、割り当てた仕事や負担という意味(日課の課)などに展開する。