「賀」

白川静『常用字解』
「会意。加は力(耒の形)にᄇ(祝詞を入れる器)をそえて、すきを祓い清めて虫の害を防ぐ儀礼をいう。貝は子安貝の形で、生産力を象徴するものと考えられた。それで賀は生産力を高めるために行う儀礼であり、新しい生命を“いわう”儀礼となる」

[考察]
疑問がいくつかある。①加と賀は明らかに音のつながりがあるから、形声文字のはず。②「すき」と「祝詞を入れる器」の組み合わせで、なぜ「虫の害を防ぐ儀礼」の意味になるのか。意味の導き方が突飛であり、必然性がない。③賀に「生産力を高めるために行う儀礼」「新しい生命をいわう儀礼」という意味がありうるのか。

意味とはいったい何なのか。白川漢字学説は形に意味があるとして、形の解釈でもって意味に代える方法である。しかし言葉という視点が全く欠落している。意味とは「言葉の意味」であることは言語学の定義である。言葉を離れて意味はない。
意味は言葉の使い方である。コンテキストから意味を捉え理解するのが唯一の方法である。字形からではない。「賀」は古典でどのように使われているかを見てみよう。
 原文:受天之祜 四方來賀
 訓読:天の祜コを受け 四方来り賀す
 翻訳:[周王は]天の幸いを授かって 四方の国が祝いに来る――『詩経』大雅・下武

賀は喜び事を祝うという意味で使われている。『説文解字』では「礼を以て相奉慶するなり」とあり、段玉裁(清朝の古典学者)は「賀の言は加なり」と注釈している。「賀は加なり」は古人の語源意識でもある。加は「上に乗せる」というコアイメージがある(110「加」を見よ)。礼物や言葉を相手に乗せる(加える)ことが「いわう」ということである。 つまり「めでたいことをいわう」という意味を、いわいの品物を相手の上に乗せる(加える)という発想から造語された言葉である。おくり物をすることを「上に重ねる」というイメージをもつ曾から発想して造語された「贈」とよく似ている。
かくて賀の字源は「加(音・イメージ記号)+貝(限定符号)」と解析する。「加」は「上に乗せる」というコアイメージがある。貝は財貨や品物と関係があることを示す限定符号。限定符号は意味領域を限定したり、意味を暗示させるための場面や情景を設定する役割しかない。重点があるのは限定符号ではなく、音・イメージ記号である。これが語の深層構造と関わっている。品物(財貨)を相手の身の上に乗せる(加える)という状況を設定したのが「賀」という図形である。これ以上の情報は賀の図形にはない。この図形的意匠によって、「いわいの品物を差し上げたり、言葉を述べたりして、おいわいをする」という意味をもつ古典漢語ɦag(呉音はガ、漢音はカ)を表記するのである。
漢字は形→意味の方向に解釈するととんでもない意味が出る可能性がある。つねに古典の実際の用法に立ち返る必要がある。古典で使われる意味が漢字の意味である。それ以前の意味というのは文脈がないかぎり、また言葉がわからないかぎり、推測にすぎず、空想的、想像的なものでしかない。形から意味は出てこない。これが言語学の鉄則である。