「雅」

白川静『常用字解』
「形声。音符は牙。隹は小さな鳥の形。説文に“楚烏なり” とあって、雅は烏の一種である。(・・・)雅は牙という烏の鳴き声を隹にそえた字である」

[考察]
擬音語説である。隹(とり)にカラスの鳴き声の牙ガを添えた字だという。擬音語説はあり得ないことではないが、なぜカラスの鳴き声はガで、カーではないのか。なぜ牙という記号を選んだのか。単にガという音だけのつながりだろうか。いろいろ疑問が浮かぶ。
牙を選んだ理由はイメージが大きく関わっていると思う。牙は「∧∨∧∨」の形のイメージ、すなわち「ぎざぎざ」「かみ合う」「食い違う」「交差する」というイメージがある(141「芽」を見よ)。カラス、特にハシブトガラスは、くちばしが大きく、上下のくちばしが∨∧の形にかみ合っている形状に特徴がある。もちろんカラスだけではなく、ほかにもくちばしに特徴のある鳥はいるが、古典漢語ではハシブトガラスやハシボソガラスに対して、その形態的特徴 の一つであるくちばしが大きくかみ合って食い違う特徴を捉えて、ngăgと命名したのである。この語は牙と同音である。獣の牙の特徴も上下の歯が食い違ってかみ合っている。獣の牙とカラスのくちばしにアナロジーを見出して、同じ語で命名したわけである。したがって雅の字源は「牙(音・イメージ記号)+隹(限定符号)」と解析できる。
ハシブトガラスやハシボソガラスは後に楚烏と呼ばれるようになるが、最初の名が雅であった。しかし雅は別の意味に用られ、カラスを表す字は鴉に変わり、音もアとなった。アという音はngăgの語頭子音が取れた語形だが、擬音語に合うように発音されたものと考えられる。アこそ擬音語由来である。
さて雅はカラスの意味からどんな意味に転じたのか。「∧∧」や「∨∨」という形は「角がある」「形がきちんとしている」というイメージがあり、「角立ってきちんとしている」というイメージは「形がきちんとして正しい」というイメージに展開する。これは古典漢語の意味論によく見られる転義現象である。かくて雅は「正しい」という意味、また「上品で美しい(みやびやか)」という意味で使われる。前者は雅楽・雅言の雅、後者は優雅・風雅の雅である。