「快」

白川静『常用字解』
「形声。音符は夬カイ。夬は又(手の形)で刃器を持つ形で、ものを抉(か)き取ることをいう。できものなどをこれで切り取って病気が治り、心が“こころよい”ことを快という」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がない。 だからすべて会意的に解釈する。Aの意味+Bの意味=Cの意味とする方法である。夬は刃物で、ものをかき取る意味。これと心を合わせた快は、できものを刃物で切り取って病気が治る→心がこころよいと意味を解釈する。
白川漢字学説は言葉という視点がないから、そもそも形声を説明できない。形声は言葉と関係があり、言葉を解明しない限り、図形から意味を探ろうとしても無理である。
では言葉と関係がある夬は何を表すのか。これは音・イメージ記号である。快の音(記号素の音声部分)を暗示させると同時に、快の意味の深層にあるイメージ、すなわちコアイメージを暗示させる。これが音・イメージ記号の役割である。このような記号をもつ漢字を形声文字という。
字源の前に言葉の意味を調べるのが先立つべきである。意味は古典の文脈における使い方にほかならない。快は次のような用例がある。
 原文:其心不快。
 訓読:其の心、快ならず。
 翻訳:その心は気持ちよくない――『易経』艮

快は気分がよいという意味で使われている。日本人は快に「こころよい」という訓をつけたが、「こころよい」は記号素(意味をもつ最小単位)ではない。快にぴったり当たる日本語はないと言ってよい。「快」の訳語として「こころよい」という言葉が生まれたと考えられる。
次に字源に入る。快は「夬カイ(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。夬は「|(縦棒)+コ(コ形の符号)」を合わせた形に又(手)を添えた図形である。これは親指をコ形に曲げてゆがけを弦に引っ掛ける情景を暗示させる図形で、「ゆがけ」を表している。ただし決・缺(=欠)・訣・快・抉などのグループを構成する記号になる場合は「ゆがけ」という実体ではなく、その形態や機能に焦点が当てられる。つまり「コの形を呈する」「コの形にえぐり取る」というイメージを示すのである(449「欠」、452「決」も見よ)。
古典漢語では「たのしむ」や「よろこぶ」などの心理動詞を造語する場合、いやな気分の原因を取り除くという発想で造語する場合がある。愉快の愉、悦楽の悦はこの例。快も同じ発想から造語された。「コ形にえぐり取る」というイメージを示す夬を用いて、ストレスや病根など、心身によくないものを取り去って気分がよくなるという意匠を「快」にこめたのである。この図形的意匠によって「こころよい」を意味する古典漢語k'uăd(呉音ではクヱ、漢音ではクワイ) を表記する。
意味はコアイメージから展開する。いやな気分(一種の障害物)を除くとすっきりする。これが「こころよい」の意味だが、「はやい」の意味にもなるのはなぜか。障害や摩擦が取れると通りがよくなる。ここから快速の快(すらすらと通って速い)や快刀の快(よく通って切れる) に展開するのである。白川は「気持よくなって物事を行う勢いが増すので、“はやい”の意味にも用いる」というが、コアイメージを捉えることによって意味展開を合理的に説明できる。