「戒」

白川静『常用字解』
「会意。廾は左右の手を並べた形。戈を両手で高く持ち上げている形が戒で、武器をとって戦いの準備をし、用心することをいう」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。廾(両手)+戈(ほこ)=武器をとって戦いの準備をし用心する意味とする。形の解釈をストレートに意味とするので、意味に余計な要素(意味素)が入り込む。
意味とは言葉の意味であって、字形にあるのではない。意味を調べるには古典の文脈に当たることが肝心である。戒はどのように使われているかを見てみよう。
 原文:豈不日戒  玁狁孔棘
 訓読:豈(あに)日に戒めざらんや  玁狁ケンイン孔(はなは)だ棘(すみや)かなり
 翻訳:毎日用心おこたらぬ 北のえびすが迫るから――『詩経』小雅・采薇

戒はたるんだ心を引き締める(用心する)という意味で使われている。字形から意味を引き出すと、両手と戈(武器)が意味に紛れ込むが、実際の文脈では両手とも武器とも関係がなく、ただ「用心する」「心を引き締める」 という意味である。
その意味をもつ古典漢語がkəg(呉音ではケ、漢音ではカイ)である。これは聴覚記号(言葉)である。目に見えるようにするために視覚記号(文字)に切り換える。かくて「戒」という図形が考案された。これはどんな意匠が込められた図形か。ここではじめて字源の話になる。「戈(ほこ)+廾(両手)」と分析できる。しかしこれはきわめて舌足らず(情報不足)な図形である。武器を手に持つ姿という解釈しか出てこない。これで敵に対して用心する状況を暗示させるのであろうと推測される。字形からはそれ以上の情報はない。
漢字を形→意味の方向に解釈して意味を取ると間違いが起こる。意味→形の方向に見るべきである。しかも意味は古典の文脈からしか出てこないのである。