「開」

白川静『常用字解』
「会意。閂と廾とを組み合わせた形。廾は左右の手を並べた形。閂の中の一は門をしめるための横木である貫の木であるから、その下に廾を加え、貫の木をとりはずして両手で門を“ひらく”の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。閂(門をしめる横木)+廾(両手)→貫の木をとりはずして両手で門をひらく意味とする。
門をしめる横木と両手を合わせると、門をしめるという意味になりそうなものだが、なぜ門をひらく意味が出るのか。意味の解釈に必然性がない。
意味は字形から出るものではなく、言葉の使い方、古典の文脈における用法にある。意味は言葉の意味であって、字形の意味ではない。白川漢字学説は図形の解釈をストレートに意味とするので、余計な意味素が入り込む。開には「貫の木」「とりはずす」「門」という意味素は含まれない。意味はただ「ひらく」である。
形から意味を求めるのは根本的な誤りである。

開がどのような文脈で使われているかを調べるのが先である。次の用例がある。
 原文:其比如櫛 以開百室
 訓読:其の比(なら)ぶこと櫛の如く 以て百室を開く
 翻訳:それ[穀物の束]は櫛のようにびっしり並び 多くの部屋の戸を開く[内部にそれを収め入れる]――『詩経』周頌・良耜

古典漢語では「(閉まっているものを)あける、ひらく」ことをk'ərといい、「開」という視覚記号で表記する。これはどのように工夫された図形か。ここから字源の話になる。意味は「ひらく」と確定されている。これを暗示させるために「閂(かんぬき)+廾(両手)」を合わせて開が作られた。これは両手でかんぬきをはずす情景と解釈できる。この図形的意匠(図案、デザイン)でもって「あける」を暗示させる。図形的解釈と意味を混同してはならない。意味はただ「あける」「ひらく」である。