「完」

白川静『常用字解』
「会意。宀は祖先の霊を祭る廟の屋根の形。元は大きな首を上に加えた人の姿で、人の頭部を強調した形である。戦いに勝ち、戦死せずに無事に帰ったことを廟に報告する儀礼を示しているのが完で、無事にことが終わること、最後までなしとげること、“まっとうする、まったし”の意味となる」

[考察]
「宀+元」という僅かな情報から、壮大な物語を描く。会意的に解釈するのが白川漢字学説の方法である。 宀(祖先の霊を祭る廟の屋根)+元(頭)→戦いに勝ち、戦死せずに無事に帰ったことを廟に報告する儀礼→無事にことが終わるという意味を導く。
疑問点①宀が廟の屋根という特殊な意味を表すだろうか。一般に屋根や家を表す図形である。甲骨文字でも建物の意味で使われているようである。②「戦いに勝ち、戦死せずに無事に帰る」という事態はいったい何に基づいて解釈したのか。元(頭)が完全に残った死者の霊ということから来るのであろうか。図形の解釈があまりにも恣意的で、納得しがたい。

完は古典でどのように使われているかを調べるのが先である。次の用例がある。
 原文:城郭不完。
 訓読:城郭完(また)からず。
 翻訳:城が完全ではない――『孟子』離婁上

完は全体に行き渡って欠けたところ(欠け目)がないという意味で使われている。屋根とも頭とも関係がない。具体物を超えたところに意味の表象が行われている。具体物は抽象的な意味表出のための情況設定(場面作り)なのである。全体に欠け目がないという意味をもつ古典漢語がɦuanであり、これを表記する視覚記号が完である。これはどんな意匠になっているのか。
完は『説文解字』以来形声文字とするのが通説である。「元(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」と解析できる。元が語の深層とかかわる記号であり、「丸い」というイメージがある(486「元」を見よ)。図示すれば〇の形である。円形は「丸い」のほかに「丸く取り巻く」というイメージにもなる。また中心から段々に周辺に進めば、「全体に行き渡る」というイメージも生まれる。これは「全体に行き渡って欠け目がない」というイメージに展開する。 かくてこのイメージを表すための具体的な情景として「元+宀」を合わせた完が考案された。家の周囲を取り巻いて垣をめぐらす情景、あるいは、家の上に屋根をめぐらす情景と解釈できる。この図形的意匠によって、全体に行き渡って欠けたところがないことを意味するɦuanを表記する。