「陥」
正字(旧字体)は「陷」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は臽。臽は臼の形に深く掘った穴に上から人が落ちこむ形で、陥落する(穴に落ちこむ)ことをいう。のちすべて“おちいる、おとしいれる”の意味に用いる。阜は神が天に陟り降りするときに使う神の梯であるから、その前に聖所を守る落とし穴を掘ることを陷という」

[考察]
臽の説明で「おちいる」の意味だと分かるが、阜がつくと理解しがたくなる。神が天に上り下りする梯とは何のことか。そんなものが存在するだろうか。梯の前で聖所を守る落とし穴を掘るとはどういうことであろうか。陷にこんな意味があるはずもない。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。形は何にでも見える。どんな解釈も許されよう。しかし存在しない意味を導くのは許されない。漢字の理解に支障を来す。
意味とは言葉の意味であって、文脈でしか意味を判断のしようがない。陷は古典で次のような用例がある。
 原文:君子可逝也、不可陷也。
 訓読:君子は逝かしむべし、陥るべからず。
 翻訳:君子は[井戸端に]行かせることはできても、[井戸に]おとしいれることはできない――『論語』雍也

陷は穴に落ち込む(おちいる)、また、穴に落とす(おとしいれる)意味で使われている。これを古典漢語でɦăm(呉音でゲム、漢音でカム)といい、陷と表記する。この語は欠ケン(へこんで足りない)・坎(へこんだ穴)などと同源で、「へこむ」「くぼんだ穴」というコアイメージがある。
以上は意味の確定と、語源を説明した。次は字源の話になる。陷は「臽カン(音・イメージ記号)+阜(限定符号)」と解析する。臽は「人+臼(∪形にくぼんだ穴)」を合わせて、人がくぼんだ穴に落ち込もうとする場面を設定した図形。阜は積み上げた土の形から、盛り土や丘・山・段々などと関わる限定符号に用いられる(落とし穴も土と関係がある)。陷は落とし穴にはまり込む情景を暗示させる。この図形的意匠によって「おちいる・おとしいれる」を意味するɦămの視覚記号とした。