「乾」

白川静『常用字解』
「会意。 倝カンと乙とを組み合わせた形。倝は車に樹てた旗がはためいている形で、乙はその旗竿につけた偃游(吹き流し)が長くはためいている形。それで晴れて爽やかな気象の状態をいい、“かわく”の意味となる」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。会意の場合、CがA+Bならば、Aの意味とBの意味を合わせたものをCの意味とする。図形の解釈をストレートに意味とするのも特徴である。上では、倝(車に立てた旗)+乙(吹き流しが長くはためいている)→晴れて爽やかな気象→かわく、と意味を導く。しかし旗と吹き流しがはためいていることから、「晴れて爽やかな気象」という意味が出て来るだろうか。必然性がない。また「晴れて爽やかな気象」という意味から「かわく」の意味になるだろうか。天候が晴れていれば洗濯物は乾くだろうが、意味の展開としては晴れて爽やか→かわくとなるのは考えにくい。爽やかは心理的な要素が強いから、むしろ気分がよくなる方向への転義が予想される。
形から意味を求めるのは無理である。というよりも間違いである。なぜなら意味とは言葉の意味であって、文脈における使い方にほかならないからである。古典では乾は次のように使われている。
 原文:中谷有蓷 暵其乾矣
 訓読:中谷に蓷タイ有り 暵カンとして其れ乾く
 翻訳:谷間に生えたメハジキは 日照りに遭って乾いてる――『詩経』王風・中谷有蓷

乾はかわく意味で使われている。物理現象であって心理的な要素は含まれない。「かわく」とは水分が蒸発した結果である(古代人も乾燥という物理現象を経験上知っていたはずである)。前半に視点を置くと「上に上がる」「高く上がる」というイメージがある。 このイメージがkanという語の深層構造なので、その語の図形化は「高く上がる」というイメージで造形された。これが乾であり、「倝カン(音・イメージ記号)+乙(イメージ補助記号)」と解析できる。なぜ倝が用いられたのか。倝を分析すると「㫃+昜」となる。㫃は旗を掲げる形(旗などの限定符号に使われる)。昜は太陽が高く上がる形(「陽」で詳述する)。高く上がるものを二つ合わせた倝は「高く上がる」というイメージを表すことができる。乙は何かが曲がりつつ出ていく様子を示す象徴的符号である(102「乙」を見よ)。これをイメージ補助記号として倝と合わせた乾は、何か(蒸気のようなもの)が曲がりつつ空中に立ち上る情景を暗示させる。この図形的意匠によってかわくことを意味するkanの視覚記号とした。