「寛」
正字(旧字体)は「寬」である。

白川静『常用字解』
「会意。宀と萈カンとを組み合わせた形。祖先を祭る廟(宀)の中で、眉を太く大きく描いた巫女(萈)がお祈りしている形。巫女は神がかりの状態となって、寛いだ様子で神託を述べる。うっとりとして意識のない状態であるので、“ゆるやか”の意味となり、また神意を受けているので、“ゆたか、ひろい”の意味となる」

[考察]
疑問点①宀は建物の屋根の形であって、これを廟に特定するのはおかしい。②萈を巫女が祈る姿とはとても見えない。萈の音はhuánで、細角の山羊の意味とされている(『漢語大字典』)。③神ががりの状態が「寛いだ様子」というのは理解しがたい。また、うっとりとして意識のない状態が「ゆるやか」の意味となるというのも理解に苦しむ。
形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴であるが、無理な方法である。というよりも根本的に間違っている。意味は形にあるのではなく、言葉にある。まず言葉の意味を古典の文脈から確かめる必要がある。次の用例がある。
 原文:寬兮綽兮 猗重較兮 
 訓読:寛たり綽たり 重較チョウカクに猗(よ)る
 翻訳:ゆったりと余裕ある 車の手すりに寄る立ち姿――『詩経』衛風・淇奥

寛は態度・度量などがゆったりしているという意味で使われている。これを古典漢語ではk'uanといい、その表記に「寬」の図形が考案された。萈は『説文解字』に「山羊の細角なる者」とある(萈は莧[植物のヒユ]とは別字)。ただし実体に重点があるのではなく、形態や性質に重点がある。ヤギは性質がおとなしく、行動もゆったりした動物である。だから萈は「ゆったりしている」というイメージを表す記号となりうる。「萈(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」を合わせた寬は家の中でゆったりとくつろいでいる情景を設定した図形。この意匠によってk'uanを表記する。