「還」

白川静『常用字解』 
「形声。音符は睘。睘は葬儀のとき、死者の衣裳の襟もとに死者の霊に力をそえる玉(〇)をおいて、上に生命のあることを証明する目をかく形で、死者が生き還ることを願う儀礼である。還は死者が生き“かえる”ことを祈る意味であったが、辵を加えて、往還の“かえる”という意味に使われるようになった」

[考察]
睘は「罒(=目)+衣+〇」と見るのであろう。こんな単純な字形はいかにも舌足らず(情報不足)であるが、夥多な情報を読み取り、「死者が生き返ることを願う儀礼」という意味を導いた。
形の解釈を意味に替えるのが白川漢字学説の特徴である。しかし還に「死者が生き返ることを祈る」という意味はあり得ない。意味とは言葉の意味であって、古典の文脈で使われる意味だからである。還は次のような用例がある。
 原文:適子之館兮 還予授子之粲兮
 訓読:子シの館に適(ゆ)き 還らば予(われ)子の粲を授けん
 翻訳:あなたのやかたに伺って お帰りになったらご飯上げますわ――『詩経』鄭風・緇衣

還は元いた地点に戻ってくる意味で使われている。この語を古典漢語ではɦuăn(呉音ではグヱン、漢音ではクワン)といい、還で表記する。古人は「還は旋(めぐる)なり」「還は環なり」と語源を捉えている。ɦuănは「ぐるぐる回る」「丸く回る」というコアイメージがある。還は「睘(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。睘(本字は瞏)を分析すると「袁(音・イメージ記号)+目(限定符号)」となる。袁は「周囲を〇の形に取り巻く」というイメージがある(78「園」を見よ)。これは「↺の形に丸く回る」というイメージにも転化する。したがって睘は目玉をきょろきょろ見回す情景を設定した図形。これは驚いた時の様子である。『説文解字』に「目驚き視るなり」とある。睘は「丸く回る」というイメージを示す記号になりうる。かくて還はぐるっと回って元いた場所に戻ってくる状況を暗示させる。