「観」
正字(旧字体)は「觀」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は雚カン。雚は鸛(こうのとり)で神聖な鳥とされ、鳥占いなどに使われたものと思われる。雚を使って鳥占いをし、神意を察すること、“みる、みきわめる” ことを観といったのであろう」

[考察]
雚を鸛とするのはよいが、神聖な鳥という観念も、鳥占いに使うという習俗も、証拠がない。鸛という実体と、「見る」という行為とを合わせて、「鸛を使って鳥占いをし、神意を察する」という意味を導いたが、空想の産物である。観にこのような意味はない。
意味とは言葉の意味であって、古典の文脈から判断され把握されるものである。文脈がなければ意味は捉えようがない。字形の解釈は意味とは別のものである。観は次のような用例がある。
①原文:相其陰陽 觀其流泉
 訓読:其の陰陽を相(み) 其の流泉を観る
 翻訳:[都市を造るために]山の南北をよく調べ 流れる泉を観察した――『詩経』大雅・公劉
②原文:且往觀乎 洧之外 洵訏且樂
 訓読:且(しばら)く往きて観んか 洧イの外 洵(まこと)に訏(ひろ)く且つ楽し
 翻訳:ちょっと見に行きましょうよ 洧の川の外は 広々と楽しい所よ――『詩経』鄭風・溱洧

①は対象を仔細に見渡す意味、②は景色などを一望のうちに見る(見物する)意味で使われている。この意味をもつ古典漢語がkuan(呉音・漢音でクワン)である。これに対する視覚記号が觀である。雚にコアイメージの源泉がある。雚は「左右にバランスよくそろう」というイメージがあり、「一緒に合わせそろえる」というイメージに展開する(詳しくは229「勧」、237「歓」を見よ)。觀は「雚(音・イメージ記号)+見(限定符号)」を合わせて、対象がどんな様子であるかを知るために、全体を合わせてまとめて見る状況を暗示させる。見(対象の姿が視野に現れてみえる、みる)や視(まっすぐ視線を向けてみる)、看(様子を伺いみる)、監(見下ろす、見張る)などとは違って、全体をまとめて(一望のうちに)見渡す見方が観である。