「岩」

白川静『常用字解』
「象形。もとの字形の喦は、山上に岩石が重なっている形で、その全体が象形である。巖は同じ音の字で、崖の上に祝詞を入れる器を(ᄇ) を二つ並べ、香りのついた酒を汲んでふりそそぎ、祭りの場所を清め祓う儀礼をする形である。崖の上の岩場で祭りを行うのは、岩場は神のいる神聖な場所と考えられたからである」

[考察]
巖が古い字体で岩はその俗字である。巖の構成要素である敢の白川説については224「敢」で疑問を呈したのでここでは繰り返さない。神聖な岩場で祭りを行ったので、巖は「いわ」の意味になったという。
字形から意味を引き出す説だが、いったい意味とは何か。意味とは言葉の意味であることは言語学の定義である。文字は言葉を表記する視覚的図形であって、形自体が意味をもつわけではない。凸や凹はその字形が意味を表すと言えないわけではないが、たいていの漢字は意味を字形でもって直接表すのではない。言葉を喚起させるのが文字の役割で、その言葉の意味を思い浮かべているのである。漢字→意味ではなく、漢字→言葉→意味と、言葉を媒介して言語活動を行っているのである。
「いわ」を意味する古典漢語はngăm(呉音ではゲム、漢音ではガム)である。これに対する視覚的図形が巖である。すでに『詩経』で巖巖(石が積み重なるさま)という形容語で出ているが、当然名詞もあったはずである。巖とはごつごつと重なった大きな石のことである。「ごつごつと固い」というのがngămという語のコアイメージである。
次に字源に移る。巖を分析すると「嚴+山」、嚴を分析すると「𠪚+吅」、𠪚を分析すると「敢+厂」。敢→𠪚→嚴→巖と発展し、敢がコアイメージの源泉を提供する記号である。強い力や固い意志をもって困難を押しのけて行動する(思い切ってやる、やる勇気がある)ことで、「強く固い」というイメージがある(224「敢」を見よ)。これは心理的なイメージだが、物理的なイメージにも転用される。Aはごつごつと固く角立った石である。嚴では再び心理的なイメージが現れ、(言動が)ごつごつと角立って厳しい意味が実現される(496「厳」を見よ)。巖ではまた物理的イメージが復活し、ごつごつとした大きな石(いわ)を暗示させ、ngămの表記となった。
俗字の岩は三国時代の頃に出現する。これは「山+石」を合わせた図形で、図形には何らコアイメージの指標は含まれていない。ただし山の石という意味ではなく、ただ「いし」の意味である。