「眼」

白川静『常用字解』
「形声。音符は艮コン。艮に限(かぎる)の音がある。限は神が天に陟り降りするときに使う神の梯(阜、阝)の前に、邪悪なものが神聖な場所に立ち入らないようにするために目(人に呪いをかけ、災いを与える力を持つ呪眼)を掲げておき、人がおそれて後ろ向きになって退散することを示す。眼はその呪力のある“め”をいう」

[考察]
眼を限から解釈しているから、眼の字源は「目+(音符)艮」ではなく、「目+限の略体」とすべきであろう。
疑問点①「艮に限の音がある」という意図が不明。艮の音はコンだが、限ではゲンとなるから、眼もゲンの音と言いたいのか。それとも限(かぎる)の意味が眼にもあると言いたいのか。②阜が神が天に上り下りする梯とはいったいどんな実在物か。あるいは宗教的観念か。③目も眼も呪眼とはどういうことか。目と眼は音が違うから別語であり、用法も違う。いっしょくたにしてよいだろうか。④眼に呪力のある「め」という意味があるだろうか。
疑問だらけである。字形から意味を解釈すると恣意的になる可能性がある。言葉という視点から意味を探求すべきである。

古典漢語では目玉のことをngən(呉音ではゲン、漢音ではガン)といい、これに対する視覚記号を眼とする。次の用例がある。
 原文:比干剖心、子胥抉眼、忠之禍也。
 訓読:比干は心を剖(ひら)き、子胥シショは眼を抉(えぐ)る、忠の禍なり。
 翻訳:比干は胸を解剖され、子胥は目玉をえぐられた。忠義から起こった災難だ――『荘子』盗跖

目は甲骨文字にあるくらい語史が古いが、眼は戦国時代に出現する。なぜ目があるのに眼が作られたか。「め」に対する捉え方の違いである。目は形態的な特徴から捉えた「め」である(後に「目」で述べる)。これに対して解剖学的、生理学的に捉えた「め」が眼である。これを眼という図形の造形法から見てみよう。
眼は「艮(音・イメージ記号)+目(限定符号)」と解析する。『易経』に「其の背に艮(とどま)る」とあるように、艮は「じっと止まる」という意味がある。艮を分析すると「目+匕(匕首の匕、ナイフまたはメス)」となる。きわめて舌足らず(情報不足)な図形であるが、目(のあたり)にメスで傷つける情景と解釈したい。目の手術なのか入れ墨なのかははっきりしないが、何かの傷をつけて痕跡を残すことと考えられる。これによって「とどめる」というイメージを表すことができる。このイメージは「いつまでも消えない痕を残す」「じっと止まって動かないようにする」というイメージにも転化する。前者のイメージから、眼は頭蓋骨にいつまでも残る穴に入る目玉を暗示させ、後者のイメージから、対象にじっと視線を止める働きのある目を暗示させる。目を解剖学的に捉えた場合と生理学的に捉えた場合の二つが考えられる。眼は両方のイメージを同時にもつと考えてもよい。眼球・眼瞼は解剖学的な目(目玉)であり、眼識・肉眼は見る働きという生理学的な目である。前者からは「穴」という意味も生まれる。銃眼・方眼紙などの眼の用法はこれである。