「忌」

白川静『常用字解』
「形声。音符は己。説文に誋は“誡むるなり”とあって、敬いつつしんで神に仕える意味。また忌は跪(ひざまずく意味)と音が近い。己は折れ曲がる形であるから、ひざまずいて体を曲げる姿勢をいい、忌はそのような姿勢でつつしんで神に仕えるときの心情、思いをいう字であろう。禁忌を守り、身を清め、つつしむことを“いむ”という」

[考察]
ごたごたして分かりにくいが、己(ひざまずいて体を曲げる姿勢)+心→ひざまずいて体を曲げる姿勢でつつしんで神に仕えるときの心情(禁忌を守り身を清めてつつしむ)という意味を取るのあろう。しかし誋の意味や、跪の意味を紛れ込ませるのはいかがなものか。
忌には上のような意味はないと言ってさしつかえない。意味とは実際の文脈 で使われる言葉の意味であって、それ以外にない。忌はどのような文脈で使われているかを見てみよう。
①原文:維予胥忌
 訓読:維(こ)れ予を胥(あい)忌む
 翻訳:ただ私を憎むだけ――『詩経』大雅・瞻卬
②原文:胡斯畏忌
 訓読:胡(なん)ぞ斯(こ)れ畏忌するや
 翻訳:何を畏れはばかるのか――『詩経』大雅・桑柔

①はいやなことを嫌って避ける(にくむ・いむ)の意味、②は差し障りのあるものをはばかって避ける意味で使われている。この言葉を古典漢語ではgiəg(呉音ではゴ、漢音ではキ)という。これに対する視覚記号をなぜ「己+心」としたのか。己は「おのれ」であるがこれは表層的な意味である。深層構造には「(伏せたものが)起き上がる」というイメージがある(497「己」を見よ)。意識が覚めて横になった状態から起き上がることが起立・起床の起である。己には伏せていたものが何かを契機として体や心が主体的に動いてむくむくと立ち上がるというイメージがある。①や②はいやなことに面して、意識が起こり、それを避けようとする心理である。だから「起き上がる」というイメージのある己を用いて、「己(音・イメージ記号)+心(限定符号)」を合わせた忌を創作し、giəgという語の表記とした。