「季」

白川静『常用字解』
「会意。禾(いね)は禾の形の被りもので、稲魂(稲に宿る神霊)の象徴であろう。季は稲魂を被り、稲魂に扮装して農作物の豊作を祈る田の舞をする子どもの姿である。季は舞に出る末の子をいう字であろう」

[考察]
疑問点①禾をイネとしながら、禾の形をしたかぶり物とするのはよく分からない。禾という文字の形なのか、それともイネのわらで作ったかぶり物であろうか。禾を稲魂の象徴とするからには、禾はイネそのものではあるまいか。②稲魂とはいったい何か。そんな観念が古代中国にあったか不明である。「年」や「委」という漢字を証拠とするのであろうか。③なぜ舞が出るのか。季は舞に出る末の子の意味というが、なぜ「末」なのか。字形からは説明がつかない。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法であるが、無理がある。恣意的な解釈になりやすい。そもそも意味とは言葉の意味であって、字形から出るものではない。古典の文脈から判断され把握されるのが意味である。言葉の使い方が意味である。季は次の用例がある。
 原文:父曰嗟予季 行役夙夜無已
 訓読:父曰く嗟(ああ)予が季よ 役に行きて夙夜已むこと無からん
 翻訳:父は言う「ああ末っ子よ 戦で日夜行軍してるだろうね」――『詩経』魏風・陟岵

季は兄弟のうちで年の若い方、末の子の意味で使われている。兄弟を年齢順にいう場合、二人なら伯・仲、三人なら伯・仲・季(または孟・仲・季)、四人なら伯・仲・叔・季という。季は末っ子である。弟の方が兄よりも体が大きいこともあるが、普通は年数が少ないから、「小さい」というイメージであろう。動悸の悸(小刻みに震える)という語もあるので、季は「小さい」のコアイメージをもつ語と言える。末っ子を意味する古典漢語がkied(呉音・漢音ともキ)で、それを代替する視覚記号に季が考案された。禾は穂が実ったばかりの稲を描いた形、この実が成長すると稲になる。だから禾は幼いものであり、「小さい」というイメージを表すことができる。かくて「禾(イメージ記号)+子(限定符号)」を合わせた季が成立する。