「記」

白川静『常用字解』
「形声。音符は己。己は糸を捲き取る糸巻きの形で、紀のもとの字。紀は糸を順序正しく整理して、糸巻きに捲き取るの意味である。その意味を言に移して、順序よく整理して“書きとどめる、しるす”ことを記という」

[考察]
己を「糸を捲き取る糸巻き」と見るのは疑問。また紀は「順序正しく整理する」という意味はあるが、「糸巻きに捲き取る」という意味はない。これを記に及ぼすのも疑問である。
古典の用例を見てみよう。
①原文:天子記崩、不記葬。
 訓読:天子は崩と記し、葬と記さず。
 翻訳:天子の死亡については崩と書き、葬とは書かない――『春秋公羊伝』隠公三年
②原文:弟子記之。
 訓読:弟子よ、之を記せ。
 翻訳:弟子たちよ、このことを覚えていきなさい――『荘子』山木

①は文字を書きとめる意味、②は覚える意味で使われている。文字は記号であり、印である。忘れないように印をつけることが記のコアにあるイメージである。言葉も記号であり、印である。忘れないように言葉で心に印づけることが「おぼえる」ということである。記には「しるす」と「おぼえる」の二つの意味があるのは「印をつける」というコアイメージから来るもので、一方は文字、他方は言葉の違いに過ぎない。
次に字源は「己(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。己は紀で述べた通り「目立つ印」というイメージがある(497「己」、268「紀」を見よ)。このイメージはただ「印、目印」、また「目印をつける」というイメージにも展開する。だから記は言葉や文字という印をつける状況を暗示させる図形である。