「起」

白川静『常用字解』
「形声。もとの字は[走+巳]に作り、音符は巳。巳は蛇の形で、走は走る、行くという意味であるから、起は蛇が頭をもたげて進むの意味となる。その蛇の姿は、人が立ちあがり 、なにかことを始めるときの姿勢に似ているので、起には“たつ、おきる、ことをはじめる、つくる、おこす”という意味がある」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。巳(蛇)+走(走る、行く)→蛇が頭をもたげて進む、と意味を導く。しかしこんな意味は起にない。巳を蛇とするのも間違いである(十二支の巳を蛇としたのは後漢の頃である)。
意味とは何か。白川学説には音の定義も意味の定義もない。形の解釈をもって意味とする。言葉という視点がないと、形は何とでも解釈できる。恣意的解釈に歯止めをかけるのは言葉という視点、語源的視点である。意味とは言葉の意味にほかならない。
起は古典でどのように使われているかを見るのが先である。次の用例がある。
①原文:皇尸載起
 訓読:皇尸載(すなわ)ち起つ
 翻訳:かたしろはつと立ち上がる――『詩経』小雅・楚茨
②原文:聖人復起。
 訓読:聖人復(また)起こる。
 翻訳:聖人が再び現れる――『孟子』公孫丑上

①は伏せたもの(横になったもの)が立ち上がる意味、②は見えなかったものや活動をやめていたものが姿を現し出す意味で使われている。①は日本語の「おきる」、②は「おこる」に当たる。この意味をもつ古典漢語がk'iəg(呉音ではコ、漢音ではキ)、これを代替する視覚記号が最初は[走+巳]、後に起である。
巳は胎児の形で、包や妃(その金文)などに含まれている。巳は「始まり」「始め」というイメージを示す記号となる。したがって「巳(イメージ記号)+走(限定符号)」を合わせて、物事が初めておこる、あるいは、初めて行為をおこすことを暗示させる。後に、音が己のグループと同じであるため、これとの同源意識が生じて、字体が「己(音・イメージ記号)+走(限定符号)」に変わった。元代の字書『字鑑』は巳は己を間違えたものと指摘しているが、実は字体の変化と見たい。
己は「伏せたものが立ち上がって、目立つ印を現す」というイメージがある(151「改」、268「紀」、272「記」を見よ。詳しくは497「己」で述べる)。したがって「己(音・イメージ記号)+走(限定符号)」を合わせた起は、伏せたものが立ち上がって、はっきりと姿を現す状況を暗示することができる。①②の意味は起の図形で十分表象されている。