「飢」

白川静『常用字解』
「形声。音符は几。字はまた饑に作り、音符は幾。幾には少ない、ほどんどないという意味がある。飢は食物が無くて“うえる、うえ” の意味に用いる。几は机の象形の字であるが、人が骨ばかりになった骸骨のような状態を骨立といい、机(几)にはそのような姿への連想があるのかもしれない」

[考察]
几は机の原字で、うえて骨ばかりになった状態(骨立)を机になぞらえたと見ているようである。しかし自信がないためか、饑から説明している。饑の説明は納得できるが、飢の説明は首を傾げざるを得ない。
「几」は「小さい」というイメージがあり、「細かい」「少ない」「わずか」のイメージに展開する(258「机」、260「肌」を見よ)。したがって飢は食べ物が欠乏してひもじくなる様子を暗示させる。「ひもじくなる」が飢の意味で、作物が不作で食料が無くなること(ききん)という意味に転じる。
飢は次のような用例がある。
 原文:憂心烈烈 載飢載渴
 訓読:憂心烈烈たり 載(すなわ)ち飢え載ち渇く
 翻訳:憂いは燃える火のように ひもじくなるし喉はからから――『詩経』小雅・采薇