「帰」
正字(旧字体)は「歸」である。

白川静『常用字解』
「会意。𠂤と止と帚とを組み合わせた形。𠂤は脤肉(祭りの肉)の形。帚は箒の形で、これに酒をふりかけて廟の中を清めるために使った帚で、廟を意味した。古い字形は𠂤と帚とを汲み合わせた形であるが、のと止(足あとの形)をそえて、帰るという意味を加えた。それで歸は、軍が凱旋して帰ると、携えていた祭肉を廟に供えて無事に帰還したことを祖先の霊に報告する儀礼をいう。帰とは、もと軍が“かえる”という意味であった」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。𠂤(脤肉)+帚(廟)+止(足跡)→軍が脤肉を廟に供えて帰還を報告する儀礼→軍がかえるという意味を導く。
211「官」でも𠂤を脤肉とし、官を「脤肉を安置する建物」の意味としているが、𠂤の脤肉説は証拠がない。また帚(ほうき)を廟の意味だというが、あまりにも突飛である。白川説では宀が廟のはず。また止をそえて「帰る」の意味をそえるというが、足あとの形がなぜ「帰る」の意味になるのか分からない。
字形から意味を導く方法自体に無理がある。形は何とでも解釈できる。白川漢字学説には言葉という視点がない。字形に言葉の意味があるというのは錯覚である。意味は語の使用される具体的文脈にしかない。歸はどういう文脈で使われているかを見てみよう。
①原文:之子于歸 宜其室家
 訓読:之(こ)の子于(ここ)に帰(とつ)ぐ 其室家に宜(よろ)しからん
 翻訳この娘は嫁に行く 良い夫婦となるだろう――『詩経』周南・桃夭
②原文:無以我公歸兮 無使我心悲兮
 訓読:我が公を以て帰らしむる無かれ 我が心をして悲しましむる無かれ
 翻訳:殿様を帰してはだめよ 私の心を悲しませないで――『詩経』豳風・九罭

①は女性がとつぐ意味、②は元の所に戻る(かえる)の意味で使われている。「とつぐ」と「かえる」という一見関係のなさそうな意味が同じ言葉である。この謎を解く鍵はコアイメージにある。「とつぐ」と「かえる」を意味する古典漢語がkiuər(呉音ではクヱ、漢音ではクヰ)である。この語が回・懐・塊・胃・囲などと同源で、「丸い・めぐる・取り巻く」という基本義があるとしたのは藤堂明保である。「丸い・めぐる」のイメージを図示すると〇や↺の形である。元の地点から出発してぐるりと回ると元の地点に戻ってくる。この行為をkiuərというのである。
古代の婚姻の形態は氏族婚であったといわれる。Aの氏族とBの氏族が通婚関係にあれば、女性はAの氏族とBの氏族の間でやりとりされる。Aの女性はBに入ることが約束されている(逆も同じ)。そうするとAの女性のあるべき場所はBということになる。本来のあるべき場所(落ち着くべき場所)に戻ってくるということになる。だから〇や↺のイメージをもつ音形で「女性がとつぐ」ことを造語したのである。この語を視覚記号に造形したのが歸である。これはどんな意匠で作られたのか。ここから字源の話になる。
歸は「𠂤(イメージ記号)+帚(イメージ補助記号)+止(限定符号)」と解析する。𠂤は「丸く取り巻く」と「たくさん集まる」というイメージがある(211「官」を見よ)。「丸く取り巻く」というイメージから「丸い」「丸く回る」というイメージに展開する。帚は婦を構成する記号で、「婦人(おんな)」の象徴となりうる。止は足(foot)の形で、進行・歩行などに関わる限定符号に用いられる(歴も同例)。かくて歸には「女がぐるりと回って本来あるべき場所に戻っておさまる」という図形的意匠が作られた。この意匠から「女性がとつぐ」だけでなく「本来の場所に戻る」も含まれることが読み取れる。kiuərという言葉に二つの意味があったから、図形もこれに合うような意匠が考案されたのである。帰と還の違いは、帰が「本来あるべき(落ち着くべき)所に」が意味素として含まれる点である。帰着・帰属という使い方ができるのはこの故である。