「棄」

白川静『常用字解』
「会意。𠫓と𠦒と廾とを組み合わせた形。𠫓は生まれたばかりの子を逆さまにした形。𠦒はわらなどを編んで作った入れ物であるふご。廾は左右の手を並べた形。生まれたばかりの赤子をふごの中に入れ、両手で遠くへ押しやる形で、赤子を“すてる”の意味となる」


[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。𠫓(赤子)+𠦒(ふご)+廾(両手)で「すてる」の意味が出るだろうか。棄で表記される言葉に「すてる」の意味があるから、そのように解釈しただけであろう。字形→意味の方向に見るのは逆立ちした漢字学説である。
また棄を「赤子をすてる」の意味としたのは、図形的解釈と意味の混同である。図形の解釈をストレートに意味とするのが白川漢字学説の大きな特徴である。棄はただ「すてる」であって、「赤子」は余計な意味素である。
形→意味の方向ではなく、意味→形の方向に見るのが正しい漢字の見方である。では意味はどこにあるのか。意味は言葉の使い方、文脈における用例にある。棄は次のように使われている。
 原文:既見君子 不我遐棄
 訓読:既に君子を見る 我を遐棄せず
 翻訳:背の君にようやく会えた 私を見捨てはしなかった――『詩経』周南・汝墳

棄は無用のものとしてぽいとすてるという意味である。これを古典漢語ではk'ied(呉音・漢音はキ)といい、これに対する視覚記号が棄である。棄はどんな意匠をもつ図形か。「𠫓+𠦒(箕に似た箱の形)+廾」と分析できる。𠫓は子の逆さ文字である。赤ちゃんが頭を下にして生まれる様子を示す図形である(32「育」を見よ)。廾は両手の動作・行為を示す限定符号。したがって棄は生まれてきた赤ちゃんをごみ箱に入れる情景を設定した図形。これがが棄の図形的意匠(意味を暗示させるための図案、デザイン) である。これによってk'iedという語を代替する視覚記号とする。
白川は「古くは初めて生まれた子を棄てたり、あるいは水に浮かべてみて、養うかどうかを決める習俗もあった」と述べ、古代の習俗と関係づけている。捨て子モチーフは東アジアの各国(民族)の神話に見られるが、必ずしも習俗があったとは限らない。棄という文字の解釈から古代習俗の根拠とするのは行き過ぎである。棄はk'iedの意味を暗示させるための図形的意匠に過ぎない。