「器」
正字(旧字体)は「器」である。

白川静『常用字解』
「会意。㗊と犬とを組み合わせた形。口はㅂで、祝詞を入れる器の形。ㅂを四個並べ、その中央に犬を置いた形。犬は清めのための犠牲として用いるもので、器とは儀礼のときに使用される清められた“うつわ”をいう」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。㗊(祝詞の器が四つ)+犬→儀礼のときに使用される清められたうつわ、という意味を導く。
疑問点①祝詞は口で唱える言葉なのになぜ器に入れる必要があるのか。②なぜ四つの器を並べるのか。一つで十分のはずではないのか。③字形からなぜ「うつわ」の意味が出てくるのか。なぜ「祝詞を入れる器」の意味ではないのか。犬を加えると祝詞が取れて、ただ「うつわ」の意味になるのか。④器に「儀礼に用いる清められたうつわ」という意味がありうるのか。
意味とは言葉が具体的文脈で使われる、その使い方である。意味は言葉にあって、字形にあるのではない。器が古典でどのように使われているかを見てみよう。
 原文:當其無、有器之用。
 訓読:其の無に当たりて、器の用有り。
 翻訳:何もない[中空]という点にこそ器の働きがある――『老子』第十一章

器は入れ物の意味で使われている。「儀礼に用いる清められたうつわ」という特定のうつわではない。古典のどの文献でも同じである。用途はただ物を入れる道具であって、何を入れるかは問わない。この意味をもつ古典漢語がk'ied(呉音・漢音でキ)という。この語を表記するために、空所に物を入れるという用途に着目して図形化が図られた。これが器である。分析すると「㗊+犬」となる。㗊は空所のイメージと、いろいろな物を暗示させるため、口を四つ合わせたもの。犬は限定符号である。限定符号の役割の一つは図形的意匠の場面作りである。犬の用途はさまざまだが、犬の肉は食用にもなり、犠牲にも供される。したがって器は犬の肉を入れ物に入れる情景という意匠が作られた。この図形的意匠によって、入れ物(うつわ)を意味するk'iedを表記する。