「機」

白川静『常用字解』
「形声。音符は幾。幾は邪悪なものを祓う力のある糸飾りのついている戈で、これを用いて悪霊などがひそむのを調べ、問いただすことができるとされた。“しかけ、ばねじかけ” や“はたらき”のある道具を機・機械といい、そのはたらきを機能という」

[考察]
疑問点①邪悪なものを祓う力のある糸飾りとは何のことか。幾はそんな糸飾りのついた戈とはどういう武器か。幾の字形の解剖を間違えている(282「幾」を見よ)。②戈を用いて悪霊などがひそむのを調べ問いただすとはどういう事態か。想像できない。③悪霊などがひそむのを調べ問いただすことから、なぜ「しかけ」の意味が出るのか。唐突であり、必然性がない。
機は古典で次のように使われている。
①原文:譬若機之將發也。
 訓読:譬へば機の将に発せんとするが若(ごと)きなり。
 翻訳:喩えて言えば、石弓の装置から石弓が発せられるようなものだ――『墨子』公孟
②原文:公輸般爲楚設機。
 訓読:公輸般、楚の為に機を設く。
 翻訳:公輸般[人名]は楚国のために城攻めの機械を造った――『戦国策』宋策

①は弩(石弓)を発射する装置の意味、②は細かい部品のかみ合う仕掛け(からくり)の意味である。最初の意味は①のほかに織物を織る装置(はた)の意味もある。このような道具・器具類から②の意味(機械・機関)、また、複雑な仕組みや巧みな働きの意味(機構・機能)、つなぎ目の大切なポイントの意味(枢機・万機)、何かに触れ合うきっかけの意味(機会・危機)、細かい心の働きの意味(機知・機敏)などに展開する。

石弓を発射する装置や、布を織る装置のことを古典漢語ではkiər(呉音でケ、漢音でキ)という。これに対する視覚記号が機である。幾は「わずかな距離まで近づく」というイメージがあり、「小さい」「わずか」「細かい」「近い」というイメージに展開する(282「幾」を見よ)。「幾(音・イメージ記号)+木(限定符号)」を合わせて、木の部品をつなぎ、細かい仕組みで動かせるようにしたもの(装置、仕掛け)を暗示させる。機とは、小さい部品どうしを近づけて、細々とした仕掛けを作り、互いに連係させることによって、わずかな力で動かせるようにした装置のことで、具体的には石弓の装置や「はた」を意味した。