「擬」

白川静『常用字解』
「形声。音符は疑。疑は、杖を立てた人が後ろを向き、進むか退くかを決めかねて立ち止まっている形。どのように行動するかを思いはかり、行動に移ろうとする前段階なので、“かりに、なぞらえる、にせる” の意味となる」

[考察]
「どのように行動するかを思いはかり、行動に移ろうとする前段階」から「かりに、なぞらえる、にせる」の意味への展開がよく分からない。「かりに」という意味はなさそうである(『漢語大字典』『漢語大詞典』)。「なぞらえる」「にせる」の意味はあるが、疑との関係が不明。
まず古典における擬の用例を見る。
 原文:血氣態度擬於女子。
 訓読:血気態度、女子に擬ギす。
 翻訳:表情や態度が女子ではないのに女子に似ている――『荀子』非相

擬はそれではないがそれに似た物や行いに当てはめる、つまりAをBになぞらえるという意味で使われている。AとBがあって、似ていて紛らわしいくらい似ている場合、直接Aを言う代わりに、とりあえずBを当ててはめてみる。この事態(行為)を古典漢語ではngiəg(呉音ではゴ、漢音ではギ)といい、擬という視覚記号で表記する。
疑は「つかえて止まる」というコアイメージから「(前に進めないで)ぐずぐずする」「(思考停止の状態になって)ためらう」というイメージが生まれる(298「疑」を見よ)。AとBが紛らわしいくらい似ていると、どちらが本物かどちらがにせ物かの判断をためらう。思考停止の状態になる。とりあえずAをBに当てておく(あるいはその逆)。日本語の「なぞらえる」は「甲でない乙を甲と同格の扱いをする。そのものと同じにみなす」の意味という(『岩波古語辞典』)。擬は「なぞらえる」とほぼ同じと見てよい。
擬は「疑(音・イメージ記号)+手(限定符号)」を合わせたもので、Aという行為や物事をそのまま持ち出さず、それと似たBという行為や物事をためらいつつ当てはめてみる情景というのが図形的意匠である。