「犠」
正字(旧字体)は「犧」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は羲。羲はいけにえとして供える羊を我(鋸)で切断し、いけにえとして外形・内臓に欠陥のないことを確かめることをいう字で、切断された羊の後ろ足が垂れている形である。羲が犠のもとの字で、いけにえの羊である。いけにえのうちでも牛のいけにえは最も重要なものとされたので、牛を加えた犧の字が作られた」

[考察]
297「義」でも指摘したが、「羊+我(鋸)」というわずかな情報から、羊を鋸で切断し、いけにえの羊に欠陥がないこと→義(ただ)しいという意味を導くのが理屈に合わない。なぜなら欠陥のないいけにえはまるごと供えること、傷つけてはならないことが要求されるからである。形の完全な犠牲は牷センという。また生きたまま供えるいけにえを牲という。義を切断した羊と解釈するのは誤りである。儀も犠も誤りに誤りを重ねている。
では犠とは何か。次の用例から見ても「いけにえ」という意味しかない。羊や牛はいけにえになる具体例であって、意味に含まれるわけではない。
 原文:享以騂犧
 訓読:享するに騂犧セイギを以てす
 翻訳:赤いいけにえをお供えする――『詩経』魯頌・閟宮

犧は「羲キ(音・イメージ記号)+牛(限定符号)」と解析する。羲を分析すると「義(音・イメージ記号)+兮(イメージ補助記号)」となる。義は「形がきちんと整っている」というイメージがある(297「義」を見よ)。兮は「八(左右に分かれる符号)+丂(息がつかえつつ出る形)」を合わせて、息が分かれて出る情景。兮は呼吸の呼の右側の乎と同じ要素を含み、呼吸と関係がある。羲は息遣いが整っている状況を暗示させる。これによって「乱れがなく正しく整っている」というイメージを表すことができる。かくて犧は毛や体が整っていて、一つも欠けていない牛を暗示させる。これは「いえにえ」の条件である。図形自体に「いけにえ」を示す指標はないが、いけにえの条件を牛を例にして示した図形と言える。