「吉」

白川静『常用字解』
「会意。士は小さな鉞の頭部を刃を下に向けた形で、鉞は邪悪なものを追い払う力を持っていると考えられていた。口はㅂで、祝詞を入れる器の形。祝詞には神への願いごとを実現させる働きがあると考えられていたので、ㅂの上に神聖な鉞を置いて、祈りの効果を守ることを示しているのが吉である。鉞によって祈りの効果がよい状態になると、祈りが実現して人々はしあわせになり、めでたくなる。それで、吉には“よい、しあわせ、めでたい” という意味がある」

[考察]
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。士(鉞の刃)と口(祝詞の器)という僅かな情報から、祈りの効果を守る→祈りが実現してしあわせになる、と意味を導く。
疑問点①17「威」、68「越」では戉を鉞としている。士は頭部を下に向けた鉞には見えない。 ②祝詞は口で唱える言葉だが、これを器に入れるとはどういうことか。なぜ祈るのになぜ器が必要なのか。③鉞によって「祈りの効果がよい状態」になるとはどういうことか。祈りと願い事の実現には時間差があるから、祈る→祈る効果がよい→祈りの実現という過程は飛躍に過ぎる。「鉞と器」からこんな意味が読み取れるだろうか。
形から意味を導く方法に問題がある。形は何とでも解釈できるから、恣意的になる恐れがある。しかも図形的解釈と意味が混同されている。
いったい意味とは何か。意味とは言葉の意味である。字形は目に見えない言葉を見えるものに切り換える役割しかない。字形に荷重負担をかけるのが白川学説の特徴である。
言葉の意味を見るには文脈を尋ねるしかない。文脈を離れては意味はない。吉は古典でどのように使われているかを見てみよう。
①原文:卜云其吉
 訓読:卜して云(ここ)に其れ吉なり
 翻訳:占いを立てると吉と出た――『詩経』鄘風・定之方中
②原文:求我庶士 迨其吉兮
 訓読:我を求むる庶士よ 其の吉に迨(およ)べ
 翻訳:私を求める男たちよ よい日柄を外さないで――『詩経』召南・摽有梅

①は運がよい意味で、凶の反対。②はめでたい、めでたいこと(よい日柄)の意味。この意味をもつ古典漢語がkiet(呉音ではキチ、漢音ではキツ)である。これに対する視覚記号として吉が考案された。これにはどんな意匠があるのか。
吉と反対の凶の意匠をまず考える。空っぽのイメージを凵の形で示している。これに対する吉は口で満ちた状態を示している。具体的には入れ物の形だが、空っぽな中に物を満たす働きがある。「空っぽ」というイメージから、よくない(運が悪い)事態という意味が生まれ、それと反対に、「満ちている(詰まっている)」というイメージから、運がよい事態という意味が生まれる。このような意味転化現象は漢語意味論の特徴の一つである。他の例を挙げると、「まこと」(真・実)は「満ちる」というイメージ、「うそ」(虚・噓)は「空っぽ」というイメージと関係がある。
「満ちる」は「中身がいっぱい詰まる」と言い換えることができる。このイメージを図形に表現するために具体的情景を設定する。これが吉である。口は入れ物、容器を示し、士はそれに被せるもの(蓋)を示している。口だけなら空っぽな状態とも言えるが、蓋をすることによって中に何かを入れたことを暗示させる。だから「中身がいっぱい詰まる」というイメージを吉で表すことができる。これは意味ではなくイメージである。「中身がいっぱい詰まる」というコアイメージから具体的文脈では①や②の意味が実現されるのである。