「虐」

白川静『常用字解』
「象形。虎が爪をあらわしている形。人を加えている字形(篆文)があり、人が虎の爪にかけられているので、人が危険にあうの意味となる。それで虐は“しいたげる、むごくきびしい” という意味に使う」

[考察]
図形的解釈と意味を混同するのが白川漢字学説の特徴である。人が危険にあうというのは図形的解釈であろう。そんな意味は虐にない。意味とは言葉の意味であり、図形から出るのではない。言葉が使われる文脈から出るものである。虐は次の用例がある。
 原文:善戲謔兮 不爲虐兮
 訓読:善く戯謔すれども 虐を為さず
 翻訳:[君子は]よく冗談は言うけれど 手荒なことはなさらない――『詩経』衛風・淇奥

虐はひどい仕打ちをする(しいたげる)の意味で使われている。これを表記する古典漢語がngiɔk(呉音・漢音ではギャク)である。この語を表記する視覚記号として虐が考案された。篆文では「虍+爪+人」であったが、楷書では「虍+爪」の字体に変わった。爪(⺕の反転形)は印の左側と同じで、下向きの手の形であるが、虍(トラを示す記号)と抱き合わせになっているので、動物の「つめ」と見てさしつかえない。トラとその爪を合わせた図形は凶暴なことをする状況を暗示させる。この図形的意匠によって上記の意味をもつngiɔkを表記するのである。
漢字は形から意味を導くのではなく、意味がどのような図形に表されるかを考えるべきである。意味は古典の文脈で知ることができる。