「久」

白川静『常用字解』
「象形。人の死体を後ろから木で支えている形。動詞としては、久す(支える)の意味である。人の死体の形であるが、久遠の意味になるのは、人の生は一時であるが、死後の世界は永遠であるという古代の人々の考えによるものである。死体から死後の世界を連想し、永遠という意味を導き出したのである」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説方法である。人の死体を木で支える→支えるの意味。また死体→死後の世界→久遠という意味を導く。
意味は字形に由来するものだろうか。これは根本的に言語学に反する。意味は言葉に属するものであって、字形に属するものではない。言葉が使われる文脈から判断し把握するものが意味である。言葉の使い方こそ意味である。久は古典でどうのように使われているかを見てみよう。
 原文:何其久也
 訓読:何ぞ其の久しきや
 翻訳:[彼が去ってから]なぜそんなに時間が経ったのか――『詩経』邶風・旄丘

久は長い時がたっているという意味で使われている。これが最初の意味である。白川は「支える」の意味とするが、図形的解釈をストレートに意味としたもので、図形の解釈と意味が混同されている。また死体から死後の世界を連想するから久遠の意味が出たというが、最古の用例は死体や死後の世界とは何の関係もない。ただ「長い時がたっている」の意味が文脈から把捉される。
「長い時がたっている」を意味する言葉は古典漢語でkiuəg(呉音・漢音ではキウ)という。これに対する視覚記号が久である。字源の前に語源を検討する必要がある。「久は旧なり」「舅は久なり」というのが古人の語源説である。旧(舊)・舅は臼という記号を含み、「◡形や◠形に曲がる」というコアイメージがある。このイメージから「古い」の意味に展開するのが旧である。新鮮な物は時間の経過とともにいびつに曲がって古くなるという事態はよく観察される。「曲がる」と「古い」はイメージのつながりがある。このイメージは時間の経過で結びつく。だから「長い時がたつ(ひさしい)」ことも同様に、「曲がる」のイメージと関係がある。このように語源的に検討すると久の字源も見えてくる。久は「ク(背の曲がった人の形)+乀(支えることを示す符号)」を合わせたもので、体が古くなって背が曲がった人を支えている情景である。これが久の図形的意匠(図案、デザイン)である。老人とか、支えるという意味を表すのではなく、「曲がる」「古い」というイメージを介して「時間が長くたつ」ことを暗示させるのである。