「及」

白川静『常用字解』
「会意。人と又とを組み合わせた形。又は手の形である。人の後ろから手を伸ばして前の人を捕らえようとする形で、“追いつく、およぶ” の意味となる」

[考察]
字解はほぼ妥当であるが、字形から意味を引き出す方法に問題がある。「人+又」という極めて舌足らず(情報不足)な図形から、「人の後ろから手を伸ばして前の人を捕らえようとする」という解釈は必然的ではない。「付」も人+寸(手)だが、「人に手(寸)でものを渡す形」と解釈している。これらの解釈は意味があらかじめ分かっているからであり、形から意味を求めることと矛盾する。意味は字形から出るのではなく、言葉が文脈で使われる、その使い方にある。及は次の用例がある。
 原文:瞻望不及 泣涕如雨
 訓読:瞻望すれど及ばず 泣涕雨の如し
 翻訳:眺めやれど視線が届かぬ なみだの雨が降り注ぐ――『詩経』邶風・燕燕

及は対象に追いついて届くという意味で使われている。図示すると|←の形である。B←Aの形にAがBに限りなく近づき間隔が狭くなり、ついにA・Bのように連続した形になる。このような状態になることを古典漢語ではgiəp(呉音ではゴフ、漢音ではキフ)という。この聴覚記号を視覚記号に切り換えて及という図形が考案された。これを分析すると「人+又(手の形)」となる。対象に追いつくというコアイメージを表現するために具体的な場面を設定した図形である。図形にこれ以上の情報は含まれていない。