「休」

白川静『常用字解』
「会意。人と木とを組み合わせた形。木は古い字形では禾の形で、禾は横木のついている柱。軍営の門の両脇に軍門の標木として禾を立て、両禾軍門といわれた。そこで軍事的な誓いや平和交渉なども行われ、禾の前で講和することを和という。戦争で手柄をたてた人を表彰することを休といい、休は“さいわい、よい、めでたい、よろこび” というのがもとの意味であった。周王朝のとき、戦争以外での功績についても王や上官が表彰し、貴重な貝や馬などを褒美として与えることが行われているが、そのようなときに休暇が与えられることもあって、休は“やすむ”という意味に使われるようになったのであろう」

[考察]
「人+木」という僅かな情報から夥多な情報を読み取り壮大な物語に仕立てた。しかも字形の解剖を誤った。木は禾の間違いとしているが、甲骨文字でも金文でも休の木は禾とは形が違う。木は樹木の木になっている。白川は和の禾や、厤(暦・歴に含まれる)の禾と同じとしているが、無関係といわざるを得ない。
禾を横木のついている柱と見るのもおかしい。そんな形には到底見えない。しかも軍門の標木とする。いきなり軍営や軍門と結びつけるのもおかしい。必然性がない。さらに休が「戦争で手柄を立てた人を表彰する」の意味とする。これも突飛である。なぜ軍門からそんな意味が出るのか理解に苦しむ。
さらに意味展開も奇妙である。手柄を表彰することから「さいわい」「めでたい」の意味が何となく連想されるが、意味展開に必然性があるだろうか。また「やすむ」の意味は言語外の出来事から出てきたという。これは合理性がない。
形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。形は何とでも解釈がつく。主観的、恣意的になりがちである。言葉という視点がないと歯止めがきかない。形から意味が出るのではなく、言葉の具体的使い方、文脈から意味は出る。文脈を離れては意味はない。休が使われている古典の文脈を見てみよう。
①原文:民莫不逸 我獨不敢休
 訓読:民逸ならざるは莫し 我独り敢へて休まず
 現代語訳 民はみんな安らいでいるのに 私ひとり休みもしない――『詩経』小雅・十月之交
②原文:虎拜稽首 對揚王休
 訓読:虎拝して稽首し 王休を対揚す
 翻訳:召虎[人名]は拝んでひれふし 王の幸いをたたえる――『詩経』大雅・江漢

①はやすむ意味、②は幸いの意味で使われている。①と②は懸け離れた意味だが、コアイメージを捉えるとつながりが分かる。やすむことを意味する古典漢語はhiog(呉音ではク、漢音ではキウ)である。これに対する視覚号記号が休である。古典の注釈では「休は蔭なり」「休は庇蔭なり」とある。庇って覆うことが休の意味と捉えている。何を何から庇うのか。体を害するもの、体によくないものを避けるために、上から覆いかぶせるように庇って、体を大切に保護することである。活動は体を疲労させるから、活動をやめて体を大切に保護することも、庇蔭のイメージがある。このような事態あるいは行為が「やすむ(休息する)」ということである。hiogという語の深層構造をなすのは「覆ってかばう」「身をかばう」というコアイメージである。これを図形化して「人+木」の休が考案された。難しく解釈する必要はない。木陰は覆われて休息を取るのに相応しい場所である。だから休の図形は「身をかばう」というイメージを暗示させることができる。
字形から意味が出るのではなく、言葉の意味のイメージを図形に表現するのである。
①が最初の意味で、②はこれの展開である。神が大切にかばうものが幸いである。