「求」

白川静『常用字解』
「象形。剝ぎ取った獣の皮の形。その皮をなめして毛皮の服にしたものが裘で、求は裘(かわごろも)のもとの字である。求は古く“もとめる” の意味に使われる。それはこの獣の持つ霊の力によって祟を祓い、望むことが実現するよう求めるからである」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。求は裘(皮衣)で、裘には祟りを祓う霊力があり、それによって願い事の実現を求めるから、「もとめる」の意味が出たという。
言葉という視点が欠けているのが白川漢字学説の特徴である。皮衣から「求める」の意味が出たというのは、言語のレベルの話ではなく、言語外のことを持ち出して、むりやりに結びつけた感は否めない。言葉の表層レベルでは裘(皮衣)と求(もとめる)は何の関係もない。しかし深層レベルに掘り下げると二つの関係が見えてくる。
深層レベルというのは言葉の深層構造、すなわちコアイメージである。古典漢語はコアイメージによって物事を大づかみに把握し、具体的に使うときに表層的な意味が実現されるのである。表層的な意味は文脈によって制約される。文脈が違うと別の意味になる。これが転義現象である。
求は例えば『詩経』に「寤寐之を求む」(寝ても覚めても彼女を求める)という用例がある通り、「もとめる」の意味で使われている。これを古典漢語ではgiog(呉音ではグ、漢音ではキウ)といい、求を視覚記号とする。
「もとめる」とはどういう行為か。古典の注釈では「求は糾なり」とある。糾は「引き締める(引き締まる)」というイメージがある。物をよじり合わせると引き締まる。求も「引き締める」が基本のイメージである。つまり自分の外側にあるものを自分の側にたぐり寄せる。A→Bの形に空間的に引き寄せられ、結果として引き締まる状態になる。Bに焦点を置くと、「中心に向けて引き締める」というイメージである。これがgiogという言葉のコアイメージである。この聴覚記号を視覚記号に変換させたのが求という図形である。これは『説文解字』などで裘の古文とある通り、皮衣の象形文字である。しかし皮衣という意味を表すのではない。実体に重点があるのではなく、形態や機能に重点がある。皮衣は革製のコートやジャンバーの類、防寒用の衣類である。だから体に密着させて着る。ここにA→Bの形、空間的にAがBに引き寄せられ、Bに向けて引き締まる状態になる。だから「中心に向けて引き締まる」というイメージが生まれる。このコアイメージをもつ求が具体的文脈で使用されると、手元に引き寄せてもとめるという意味が実現される。
ちなみに求心力の求は要求の意味ではなく、「中心に向かう」という意味で、「中心に向けて引き締まる」のコアイメージから生じた意味である。