「究」

白川静『常用字解』
「形声。音符は九。九はその身を折り曲げている竜の形で、かがめ曲がるという意味がある。穴の中で身をかがめ、窮屈な形で入りこむことを究といい、“きわめる、きわめつくす” の意味に用いる」

[考察]
形声の説明原理がなく、すべて会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。穴(あな)+九(身を折り曲げる竜、かがめ曲がる)→穴の中で身をかがめて入りこむ、と意味を導く。
「窮屈な形で入りこむ」ことからなぜ「きわめる」の意味になるのか、意味の展開が不自然である。

形声の説明原理とは言葉という視点から語源的に説く方法である。言葉の深層構造に掘り下げてコアイメージを捉えることが重要である。コアイメージはいわゆる音符にこめられている。音符は発音符号ではなく、記号素の読み方と意味のイメージを同時に示す部分であり、「音・イメージ記号」と呼ぶ。
まず究がどんな文脈で使われているかを見てみよう。
 原文:家父作誦 以究王訩 
 訓読:家父誦を作り 以て王訩 を究む
 翻訳:家父[人名]が歌を作って 王国の騒乱を突き詰める――『詩経』小雅・節南山

究は物事をとことんまで突き詰める意味で使われている。この言葉を古典漢語ではkiog(呉音ではク、漢音ではキウ)といい、究で表記する。これは「九(音・イメージ記号)+穴(限定符号)」と解析する。九は「つかえて曲がる」 というイメージがある(313「九」を見よ)。「曲がりながら進んでいって、最後のところでつかえる」と言い換えてもよい。ここから「最後のどん詰まりまで来る」「これ以上は進めないどん詰まり」というイメージに転化することは容易に分かる。穴は限定符号で、限定符号の役割の一つは、図形的意匠作りのため具体的な場面を設定するという働きがある。究は穴の中を探っていって最後のどん詰まりまで来る情景を設定したものである。これは図形的意匠(図案、デザイン)であって意味ではない。究の意味は上記の通りである。
会意的に説くと「穴の中で身をかがめて入り込む」という意味になってしまい、図形的解釈がストレートに意味とされる。その結果余計な意味素が混入する。これが白川漢字学説の特徴である。