「距」

白川静『常用字解』
「形声。音符は巨。巨は直角に折れ曲がった物差し(矩)の形で、雄の鶏のけづめの形に似ている。一方が横に出ているので、他の一方にそって他の物とぴったり合わせにくいものであるから、巨はこばむという意味となり、また“へだてる、へだたる”という意味にもなる。鶏のけづめを鶏距という。距は“へだてる、さる、たがう”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、会意的に説く特徴がある。字形の解釈から意味を取る。巨は直角に折れ曲がった物差し→一方が横に出て他のものと合わせにくい→こばむ・へだてると意味を導く。しかし巨にそんな意味はない。意味とは言葉の意味であって、文脈に使われる意味である。古典の文脈からしか意味は出てこない。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉え、語源的に意味を考える方法である。まず古典の用例を調べよう。
①原文:有獸焉、其狀如豚、有距。
 訓読:獣有り、其の状は豚の如し、距有り。
 翻訳:姿が豚に似、けづめのある獣がいる――『山海経』南山経
②原文:不知距齊州幾千萬里。
 訓読:斉州を距つること幾千万里なるかを知らず。
 翻訳:中国から幾千万里隔たっているか分からない――『列子』湯問

①は鶏や雉などのけづめの意味、②は二つの間を隔てる・隔たる意味で使われている。これを表す古典漢語がgiag(呉音ではゴ、漢音ではキョ)であり、その視覚記号を距とする。これは「巨(音・イメージ記号)+足(限定符号)」 と解析する。巨にコアイメージの源泉がある。「二点間の幅が大きく隔たる」というイメージである(336「巨」を見よ)。「二つの間を隔てて近寄らせない」というイメージにも転化する。距は①の意味で使われたが、けづめの形態的、機能的特徴を捉えてgiagという。けづめは足指の後方に長く伸びて鋭い突起状をなす爪である。それを用いて攻撃して敵を近寄らせない。形態的には「間が伸びて隔たっている」、機能的には「相手を近寄らせない」のイメージが同時にある。これらのイメージが巨によって表出されるのである。また、相手との間に距離を置いて近寄らせないことは「こばむ」ということであり、距にはこの意味もあるが、普通は拒と書く。また二点間の幅が隔たるという②の意味(距離の距)が実現される。このように距には三つの意味があるが、すべて「二点間の幅が大きく隔たる」というコアイメージからの展開なのである。
コアイメージは意味展開の様相を合理的に説明できる。