「脅」

白川静『常用字解』
「形声。音符は劦キョウ。劦は三つの力(耒の形)を組み合わせた形で、協力して耕すことを意味し、協のもとの字である。脇腹に肋骨が並ぶ形が耒の並ぶ形に似ているので、脇は肋骨の見える“わきばら、わき”の意味となる。脅は肩をそびやかして肋骨をあらわし、人を“おびやかす、おどす、おどかす”の意味に使う」

[考察]
白川漢字学説は形声の説明原理がないのですべて会意的に説く学説である。言葉という視点を欠くので字形の表面をなぞった解釈をする。 劦は力(すき)を三つ重ねた形で、すきを並べた形と肋骨が並ぶ形が似ているので、脇は「わきばら」の意味で、脅は「肩をそびやかして肋骨をあらわにして人をおどす」の意味になったという。
疑問点①劦は「協力して耕す」という意味があるだろうか。そんな意味はない。②劦(協力して耕す)と協と脅に何の関係があるのか。上の説明では関係が見えない。③劦はすきが重なった形で、並べた形には見えない。これが肋骨の形と似ているといえるだろうか。④肋骨は胸を包むもので、わきばらというのは変である。⑤脇はむしろ肋骨という意味にならないか。⑥肋骨をあらわしておどすというが、なぜ裸になっておどすのか。
疑問だらけである。これは字形から意味を引き出そうとするからである。意味は言葉に属するものであり、字形に属するものではない。字形から意味は引き出せない。たとい引き出しても意味と一致するとは限らない。図形的解釈と意味は同じではない。図形的解釈と意味を混同するのが白川漢字学説の特徴である。

まず古典における脅の用例を見てみよう。
①原文:兩髀爲脅。
 訓読:両髀を脅と為す。
 翻訳:[身体の障害で]両ももが両わきの位置になっている――『荘子』人間世
②原文:強者脅弱。
 訓読:強者は弱を脅かす。
 翻訳:力の強い者が弱い者をおびやかす――『礼記』楽記

①は「わき」の意味で、後に脇と書かれる。②は迫っておどす(おびやかす)の意味で使われている。①と②の意味に何の関係があるのか。言葉の深層構造を探れば意味の展開が明らかになる。言葉のコア(根源、核)にあるイメージを捉えることこそ形声の説明原理である。
①②の意味をもつ古典漢語はhiăp(呉音ではコフ、漢音ではケフ)という。これを表記する視覚記号が脅である。これはどんな意匠をもつ図形か。「劦(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」と解析できる。劦がコアイメージに関わる重要な記号である。これはどんなイメージか。劦は力(ちから)を三つ重ねた形で、「力を合わせる」を意味する言葉の表記のために考案された(355「協」を見よ)。劦という図形はABCをAを上に置いて重ねた形だが、見方を変えるとB→A←Cの形、両側(B・C)から中心(A)を挟む形と見ることもできる。この形は夾と似ている。夾(ɦăp)と劦(ɦăp)は同源である。夾は「→・←の形に真ん中のものを両側から挟む」というイメージがある(357「峡」を見よ)。→←(両側)に視点を置くと「挟む」というイメージだが、「・」(真ん中)に視点を置くと「二点間の間隔が狭い」というイメージである(359「狭」を見よ)。「間隔が狭い」は限りなく迫られた状態でもある。以上のようなイメージ、およびイメージ転化を踏まえて、両側から体を挟む形を呈する「わき」という意味(①)が生まれる。また、「→←の形に迫る」というイメージから、心理的に相手に迫り圧力をかける行為、つまり「迫っておどす」という意味(②)が生まれる。
漢字は形から意味を求めるべきではなく、言葉の意味がどんな図形として表現されているかを尋ねるべきである。また言葉の深層構造を探り、コアイメージを捉えるべきである。深層におけるコアイメージが表層における意味を実現させるのである。意味の展開はコアイメージによって説明できる。