「競」

白川静『常用字解』
「会意。竞(キョウ)を二つ並べた形。竞は言と兄とを組み合わせた形で、兄は祝(神に仕える人)。言は神に誓って祈ることば。竞は言を頭に戴いて祈る祝で、二人並んで祈ることを競という。並んできそうようにさかんに祈ることから、“きそう、せる”の意味に使う」

[考察]
まず字形の解剖の問題。竞は現代中国で競の簡体字になっているが、競の一部を切り取ったもので、単独には存在しない字である(だからキョウという音はない)。竞を「言を頭に戴いて祈る祝」とするが、「言を頭に戴く」が何のことか分からない。次に意味の解釈。二人並んで祈ることから「きそう」という意味が出るだろうか。意味の展開に必然性がない。

競は古典で次の用例がある。
 原文:君子實維 秉心無競
 訓読:君子は実に維(こ)れ 心を秉(と)ること競ふ無し
 翻訳:そもそも君子というものは 争いを好まぬ心構え――『詩経』大雅・桑柔

競は優劣のけじめをつけようと互いに強く争う(きそい合う)という意味で使われている。「きそう」とは強いか弱いか、勝るか劣るか、勝つか負けるか等々、二つを比べてAとBの間にはっきり境界をつけようと争うことである。この行為の根底に「けじめや区切りをつける」というコアイメージがある。この行為を古典漢語ではgiăng(呉音ではギヤウ、漢音ではケイ)といい、競という視覚記号で表記される。『説文解字』は競の篆文の字形を「誩に従ひ、二人に従ふ」と分析している。言は「はっきり区切り目(けじめ)をつける」というイメージがあり(489「言」を見よ)、言を二つ並べた誩(キョウ)は白黒をつけようと言い争う様子を暗示させる(誩の意味は「言い争う」)。「誩(音・イメージ記号)+儿+儿(二人。イメージ補助記号)」を合わせたのが競で、二人が甲乙のけじめをつけようと比べ合って争う情景を設定した図形である。この図形的意匠によって上記の意味をもつgiăngを再現させる。