「仰」

白川静『常用字解』
「形声。音符は卬。卬は人が向かい合う形である。上下に向かい合うときは、一人があおむけに寝て、一人が上からそれを抑える形で、下からいえば仰ぐ、上からいえば抑えるという関係になる。卬を前後の関係とすると、前方の人を迎えるという関係となる。 その上を“あおぐ”姿勢から、高貴の人の命令を受けること、高貴の人の“おおせ”という意味にも使う」

[考察]
字形の見方に問題がある。卬(左の人をA、右の人をBとする)は上下に向かい合うときは、Bは仰向けに寝た形で、AがBを抑える形、BがAを仰ぐ形だという。しかし抑の右側の卬は仰・迎の卬とは全く違う。印の鏡文字である。だからこの字形の見方は破綻する。
また仰の「おおせ」の意味は古典漢語に用例がない。これは日本的展開である。このことをはっきりさせないと意味の理解に無用の混乱を起こす。
仰は古典では次の用例がある。
 原文:高山仰止 景行行止
 訓読:高山を仰ぎ 景行を行く
 翻訳:高い山を仰ぎつつ 大きな道を通り行く――『詩経』小雅・車舝

仰は顔を上に向ける(見上げる)という意味で使われている。この意味をもつ古典漢語をngiang(呉音ではガウ、漢音ではギヤウ)という。これに対する視覚記号が仰である。卬がコアイメージと関わる基幹記号である。どんなイメージか。
古人は「卬は嚮なり」と語源を説いている。嚮は向と同じ。向は「→の形や←の形に向かう」というイメージがある。これは一方向だが、双方向のイメージもある。「→←の形に向き合う」というイメージである。→←の形は反対方向であるから、⇄の形でも表せる。これは「逆向き」「逆方向に行く」のイメージ、また「⇄形に交差する」のイメージでもある。「→←の形」や「⇄の形」は水平方向だが、視座を垂直軸に切り換えることもできる。視座を変えてイメージを転換させるのは意味転化現象によく見られる。垂直軸では「↓の方向に対して↑の方向に向かう」というイメージになる。
仰は「卬(音・イメージ記号)+人(限定符号)」と解析する。卬は右を向いて立っている人と、左を向いて坐っている人を合わせた図形で、「→←の形に向き合う」というイメージを表すことができる。また垂直軸では「↓の方向に対して↑の方向に向かう」というイメージを表すことができる。したがって仰は↓の形に見下ろすものに対して、↑の形に見上げる情景を暗示させる。この図形的意匠によって、顔を上に向けて見上げることを表している。