「業」

白川静『常用字解』
「象形。楽器を並べて懸ける器の形。上に懸けるための鑿歯のついた木が横にわたしてあり、下は台座を大きくして立てて使用する。版築のときに土を撲つ木が楽器かけの形に似ていた。この版築のことから、業には作業(仕事)、“わざ”という意味がある」

[考察]
業は最古の古典で次の用例がある。
①原文:設業設虡
 訓読:業を設け虡キョを設く
 翻訳:楽器を架ける横木と台座を設置する――『詩経』周頌・有瞽

毛伝(漢代の古注)に「捷業として鋸歯の如し」とある。鋸状のぎざぎざの歯のついた楽器を吊す横木を古典漢語でngiăp(呉音ではゴフ、漢音ではゲフ)といい、業で表記された。
この業が職業・学業などの業(仕事、わざ)の意味に転義する理由について、加藤常賢は「板のことを業というようになった。学を習うのに板を持って書き留めた。それから学ぶことを業と言い、すべて習うところのあるのを業と言い、仕事を業と言うに至った」という(『漢字の起源』)。藤堂明保は「捷業とはギザギザしたさま。転じて、ギザギザとして安易なことでは処理できないことを広く業といい、学業・生業の意となった」(『学研漢和大字典』)、白川静は「版築は両版の間に土を加え、これを撲ち固めるもので、菐とはその撲つ器。その柄のあるものを業といい、版築によって城壁を作る土木工事を業といった」(『字統』)という。加藤と白川の説は言語外から転義を説明する。藤堂の説は言語内の転義現象を説明する。
白川説の根拠は菐に業が含まれるからというもの。版築(城壁などを作る工法)と結びつけ、業を土木工事の意味とした。しかし菐に含まれる丵(サク)は「鑿歯のついた木を著け、その柄をもって、ものを鑿り、あるいは撲ちつける器」(『字統』)であって、業とは違う。鋸歯の形状だけは共通だが、音が全く違うから別語である。白川説の根拠は薄弱である。
言葉の転義現象は一般にメタファーの原理によることが多いが、コアイメージによって転義するのは漢語意味論の特徴である。もちろん漢語独自のものではないが、漢語では転義を引き起こす原動力になることが多い。業の転義も言語の自立的運動(意味変化)を考えるべきである。
『詩経』には次の用例もある。
②原文:赫赫業業 有嚴天子
 訓読:赫赫たり業業たり 厳たる天子有り
 翻訳:勢い盛んでかどめある いかめしい天子さまよ――『詩経』大雅・常武

業業は威儀のある様子、つまり角があっていかめしい様子である。のちに捷業(ぎざぎざしたさま)という用法も生まれた。山が切り立って険しい様子を嶫という。これらの使い方は業の形態的イメージに由来することは明らかである。鋸歯状の形態は∧∧∧の形である。∧は角のある形である。これが業の形態的イメージであり、ngiăpという語のコアイメージでもある。言葉の起源から言えば物の姿を大づかみに把握して造語する際にコアイメージが働いたと考えられる。まずコアイメージが先行し、具体的な使い方が意味(実現される意味)となるのである。そうすると「ぎざぎざ」「角」のイメージで物を捉えた言葉がngiăpで、具体的には楽器を架ける横木の意味となり、それから威儀のある様子と転じたわけである。
さらに次の段階の転義が起こる。ぎざぎざや角のイメージは「摩擦があって滑らかではない」「滑らかに進まない」というイメージに転化する。このようなイメージの転化が別の転義に移行する。これが日常生活においてスムーズには行かない事柄という意味の出現である。生活・生存を支えるのが苦しい労働である。これがなりわいというものである。これを表現する言葉が「摩擦があってスムーズには行かない」というイメージをもつngiăpなのである。かくて業に新たな意味が付与されたのである。