「菌」

白川静『常用字解』
「形声。音符は囷キン。 囷に密集するものという意味がある。説文に“きのこ、たけ”の類であるとする。温かく湿った所に密生するものをいう」

[考察]
囷については『説文解字』に「廩の圜(=円)なる者。圜なるを囷と謂ひ、方なるを京と謂ふ」とある。囷は円形の米倉の意味である。穀物を集積する所であるので、囷は集積するという意味にも転じる。白川は囷に「密集するもの」という意味があるというが、当たらずといえども遠からずである。字形から解釈して菌を「温かく湿った所に密生するもの」だから「きのこ」と類推したが、字形から読み取れる意味は「密生するもの」だけであろう。しかし密生するものが「きのこ」とは限らない。字形から意味を読むのは限界がある。
意味から字形を考えるという逆の発想が必要である。菌がキノコ類を表すのは次の用例から知ることができる。
 原文:朝菌不知晦朔。
 訓読:朝菌は晦朔を知らず。
 翻訳:朝菌[朝に生じ朝のうちに死ぬというキノコ]はついたちからみそかまでの期間を知らない――『荘子』逍遥遊

朝菌はキノコの種類の名である。短命の象徴とされる。一般にキノコ類を古典漢語でgiuən(呉音ではゴン、漢音ではキン)という。これに対する視覚記号として菌が考案された。これは「囷キン(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」と解析する。囷は『説文解字』にあるように米倉の一種である。ただし実体に重点があるのではなく形態に重点がある。説文の注釈によると釘の蓋に似た米倉という。そうするとこの米倉の形態は上から見ると円形だが、正面から見ると半円形である。キノコ類の形態はさまざまだが、傘のような半円形のものが非常に多い。かくて菌の図形的意匠は半円形の傘のような形をした植物と解釈できる。この意匠をもつ図形によってキノコを意味する古典漢語giuənを表記する。
意味→形の方向に漢字を見るのが正しい筋道である。形→意味の方向に見て、形から意味を引き出す漢字学説は正しい意味(古典の文脈で実現される意味)に到達できないこともある。