「筋」

白川静『常用字解』
「象形。筋肉が骨に連なるところの腱の部分の形。竹のように見える上部が腱、月は肉の形、力は力こぶの形である。国語では、筋を“すじ、筋肉のすじ”の意味に使う」

[考察]
字形の解剖に問題がある。月が肉の形、力が力こぶの形であるなら、月と力という字を含んでいることは明らかである。ある字が他の小さな要素に分解できるなら、その字は会意文字(あるいは形声文字)であるはず。筋が象形文字とは解せない。会意文字としない理由は、力を含む字をすべて耒(すき)の形としており、筋だけ「ちから」とするのは不統一だからであろう。また「竹」を「たけ」とすると筋の解釈がつかないので、腱が竹のような形をしていると解した。
意味の取り方もおかしい。筋は腱の意味とするのであろうか。「すじ」の意味は国語(日本語)の使い方だという。古典における筋の用法を見てみよう。次の用例がある。
 原文:骨弱筋柔而握固。
 訓読:骨弱く、筋柔らかにして、握固し。
 翻訳:[赤ん坊は]骨は弱く筋は柔らかいのに握力は固い――『老子』第五十五章

明らかに筋肉の筋、つまり筋肉を構成し骨などに附着する繊維の意味である。日本語では「すじ」という。白川は筋は腱と同義と見ているようだが、腱は筋の一種であるが言葉(音)が違う。『説文解字』では「腱は筋の本なり」とある。筋肉と骨を結ぶ強靭な筋の意味だという(『漢語大字典』)。
古人は「筋は靳キン(引き締める)なり」と語源を説いている。肉を引き締めて力や運動の元になるものが筋という認識があったようである。筋肉に含まれるすじ状の物質(組織)を古典漢語ではkiən(呉音ではコン、漢音ではキン)という。これを表記するために考案された図形が筋である。
筋は竹・肉・力の三つを合わせたものだが、それぞれの記号には役割分担がある。これはすべての漢字の造形法の基本である。のっぺりと記号を並べたものではない。いちばん大切な記号はイメージ記号である。言葉の意味がどんなコアイメージをもつかを示す(暗示する)もので、これが中心的な役割をもつ。次にイメージを補助する働きの記号を添えることがある。最後に言葉の意味がどんな領域と関わるかを指定する働きの記号がある。これを限定符号という。筋の場合は、筋が力の源泉と関わるから力がメインの記号である。補助記号として竹を用いる。竹はすじ状のものがある植物なので、すじ状のイメージを添える。筋は肉と関わる意味領域だから限定符号を肉とする。かくて「力(イメージ記号)+竹(イメージ補助記号)+肉(限定符号)」を合わせた筋が成立する。
力は腕の筋肉を筋張らせて力を込めている姿を図にしたもので、liəkという語は筋肉のちからという意味であり、そのコアには「筋をなす」というイメージがある(後に「力」で詳述)。これが「筋」の中心的な記号になることは当然と言える。