「吟」

白川静『常用字解』
「形声。音符は今。今は壺形の器に栓のついている蓋をする形で、口を狭めて静かに声を出すことを吟という」

[考察]
形声の説明原理を持たないのが白川漢字学説の特徴である。だからすべての漢字を会意的に説く。会意とはAの意味とBの意味を足した「A+B」をCの意味とする方法である。今(壺形の器に栓のついた蓋をする)+口(くち)→口を狭めて静かに声を出すという意味を導く。
壺形の器に蓋をすることから、なぜそんな意味が出るのか理解できない。白川学説では口をᄇ(祝詞を入れる器)とするのが普通だが、なぜ吟では「くち」なのか。これも疑問。
吟に「口を狭めて静かに声を出す」という意味があるのか。古典の用例を見てみよう。
①原文:有鬼宵吟。
 訓読:鬼有りて宵に吟ず。
 翻訳:亡霊が夜にうなり声を出す――『墨子』非攻
②原文:倚樹而吟。
 訓読:樹に倚りて吟ず。
 翻訳:木に寄りかかって歌を口ずさむ――『荘子』徳充符

①は含み声でウーウーとうなる(うめく)の意味、②はうなるような声を出して歌う(詩歌を口ずさむ)の意味 で使われている。この意味をもつ古典漢語をngiəm(呉音ではゴム、漢音ではギム)という。この言葉を表記するのが吟である。吟と含(口にふくむ)は音もイメージも似ている。二つは同源の語である。「今(音・イメージ記号)+口(限定符号)」と分析できるのも同じ。今がコアイメージの源泉であり、「中に入れてふさぐ」「中にこもる」」というイメージがある(249「含」、601「今」を見よ)。含が「物を口の中に入れてふさぐ情景」という意匠であるのに対し、吟は「音を口の中に閉じ込めてウーウーとうなる情景」という意匠である。前者は「ふくむ」の意味のɦəm(呉音でゴム)を表記し、後者は「うなる」の意味のngiəm(呉音でゴム)を表記する。